常総市/デジタルミュージアム

石下町史

第四編 近現代

第七章 教育と文化

第三節 戦後の教育

昭和二十年(一九四五)十二月、軍国主義教育一掃のため、連合国軍総司令部(GHQ)は、修身、日本歴史、地理等の授業停止を指令した。それに即応して、三つの教科書は、地方別にすべて回収して、そのころ不足していた紙の原料として再生された。
 その他の教科書についても、占領下不適切と思われ、占領軍の至高目標とした非軍事化民主化路線にはずれるものは、全面的あるいは部分的に削除して教授しないようにという通達も発せられた。
 具体的な削除箇所は昭和二十一年の一月に明らかにされ、それに従って削除箇所は子ども達の手によって塗りつぶされた。これがいわゆる「墨塗り教科書」で、同年四月に暫定教科書ができるまで使用された。
 初等科一年の読方の「ヘイタイゴッコ」五年生の「海軍のにいさん」「神だな」「にいさんの入営」「金しくんしよう」「病院のへいたいさん」等の教材は全面削除された。初等科算数の教科書の中でも、鳥居やお宮などの文字は、神社神道にかかわるものとして削除された。
 要するに、教科書に盛られている超国家主義あるいは軍国主義的教材、または神道思想にかかわるような教材は、教科によっては全冊の三分の一程度も墨塗りで読めなくなった。
 
  敗戦を迎えた。私は毎日毎日教科書の墨塗りをさせながら、本当に何が真実なのか、何がまちがっていた
  のか、と考えながら、何もわからないまま、教育に対する情熱もうせてしまった。
 
 これは、当時を回想してのある女教師の述懐であるが、当時の現場教師の誰もが考えていたいつわらない気持であったろう。