常総市/デジタルミュージアム

石下町史

第四編 近現代

第四章 恐慌から戦争へ

第二節 窮乏の農村

更生計画のいうところでは、旧石下町の総戸数九一二戸のうち農家は四八〇戸にすぎず、半数は商家である(以下旧石下町の計画については、茨城県『昭和七年度農山漁村経済更生模範実行計画』による)。
したがって、ここを農村というのは、必ずしも正確ではないが、計画書は郡内の一町村当り農家戸数四六〇を上回っていること、耕地面積が六二三町六反もあり(郡内一町村平均五九四町八反)、養蚕農家が三六八戸(農家戸数の八〇%)になるので、中位以上の農村であるという。しかし、更生計画指定町村とされた最大の理由は、ここに農事集団指導地が設置されていたためとみられる。
 農事集団指導地は、昭和六年度は県下五か所、七年度は、各郡一か所(計一四か所)に設置された。集団指導地とは「隣保共助ノ精神ヲ基礎トシ共同シテ集団地ニ作物ノ栽培為サシメ」るもので、県が作物栽培の技術向上について援助するものとされる。これによって農業利益の増大を図り、経営堅固な農家を構成員とする農家組合を作ることが目論まれた。そして模範的な農家組合は四隣に波及効果をもたらして、町村内の全農業集落ごとに農家組合が作られ、それが全県下に及ぶよう期待された。旧石下町における集団指導地は一五町、構成員五四名といわれる。
 更生計画の実行方法は、六つの細目から成っている。
 
  (一) 土地利用の合理化=農耕地の拡張(作物の輪作体系の研究、宅地、畦畔等の利用)、農耕地の改良
     (耕作用具の改良、土質の改良)、農耕地の集合(交換分合)
  (二) 労力利用の合理化=農業労働能力の発探(勤労の奨励、社会的儀礼の簡素化、労働の質の向上によ
     る、労働時間の節約)、共同作業による労力の節約、計画的な労働力の配分、労働力配分の基本調査
     の実施
  (三) 生活方法の改良、生産の統制、農作物、家畜、蚕種の種類、品種を統一、生産物の商品化
  (四) 農業経営組織の改善=複合経営の導入、共同経営の普及徹底、農業の計画的経営、自給肥料の増産
  (五) 農家経済の改善=生活用品の自給、共同施設の普及充実(託児所、冠婚葬祭用具、理髪設備、集会
     所など)、農家収入の平均化(農家の収入を一時期に偏らず連鎖的、平均的にさせる)、農家の予算
     生活
     (家計簿の記帳の励行)
  (六) 農村諸施設の改善=農村教育の実際化、青年教育の実際化、婦人教育の実際化、農村衛生の改善、
     農村生活の改善(農家住宅の改善、集会所、簡易図書館、慰安設備、公休日の設定)、農村社会状態
     の改善(町民の融和、地主小作人間の親善融和)
 
 右にみるように、経済更生計画は、当初より、調査は従であって、主眼は実行方法に注がれていた。ここでいわれる更生は、各農業集落における「固有の美風たる隣保共助ノ精神ヲ活用シ」た「自力」更生計画であり、事業費に対する補助は一切なかったのである。したがって資力の乏しい集落住民の熱意や努力により計画を樹立したのにもかかわらず、更生の実を挙げるのは、不可能に近かったとみられる。