常総市/デジタルミュージアム

石下町史

第三編 近世

第八章 幕末の石下

第三節 戊辰戦争と庶民の立場

政府軍は慶喜らを「朝敵」とし、十日には諸国に朝敵追討を命じている。これと前後して、全国諸藩を朝廷に従わせるため、山陰道鎮撫総督を皮切りに、東海・東山・北陸各道の鎮撫総督が任命されていった。諸道の各藩は次々と鎮撫総督の配下に入り「勤王」を誓い、総督は随所で旧幕府の領地を没収していった。
 諸道の政府軍は向かうところ敵なく、東海道先鋒軍は途中一戦もせず、三月十日には品川に到着した。そして十四日には、明治政府の誕生宣言ともいえる五ケ条の御誓文を内外にむけて発表した。また同日、民衆むけとして旧幕府の高札にかえて五榜の掲示がたてられ、五倫の道の遵守・徒党の禁止・切支丹邪教の禁止・外国人への暴行禁止などが説かれた。