常総市/デジタルミュージアム

石下町史

第三編 近世

第一章 江戸時代の幕あけ

第二節 石下を支配した領主たち

明暦二年(一六五六)に関宿藩板倉重宗の所領であったことを伝えるのは崎房村である。
板倉重宗は天正十四年(一五八六)に生まれ、二代将軍秀忠に仕え、その信任を得て永井尚政、井上正就とともに近侍の三臣といわれた人物である。重宗は元和六年(一六二〇)に父勝重の跡を継ぎ京都所司代に就いて、二万七〇〇〇石を領し、三五年間も京都所司代の職にあって、父勝重とともにその名声は高かった。明暦二年(一六五六)に五万石の摂津の領地を割り、山城・近江両国の所領を下総国葛飾・猿島・相馬・豊田の四郡のうちに移され、葛飾郡関宿城主となったのである。
 重宗は京都所司代を辞したあとは江戸城中に座席を持たなかったが、とくに許されて保科正之・井伊直孝の傍に着席したという。明暦二年十二月、七一歳で関宿で没した。
 

Ⅰ-6図 崎房の現景