常総市/デジタルミュージアム

石下町史

第三編 近世

第一章 江戸時代の幕あけ

第二節 石下を支配した領主たち

鬼怒川の堤に登り、東方を眺めれば、かつては葭や葦が一面におい茂る谷原が広がり、小貝川がゆったりと流れていたことであろう。
 さらに目を西へ転ずれば、鬼怒川の西岸には台地と谷田が入り組み、飯沼の大きな沼沢地が広がっていた。古村は台地の縁に点在していた。そして谷原とよばれた鬼怒川・小貝川流域の氾濫原、低湿地帯は慶長から寛永期にかけて開発が進み、飯沼は江戸中期の享保期以降周辺の干拓が進められ、多くの新田が成立してきた。
 鬼怒川をはさんで、その自然堤防上に古村が古くからあり、東側には一面の低湿地帯が広がり、鬼怒川の西側には台地上の畑作地帯の村々と、飯沼や古間木沼などの干拓によって成立した新田がある。これが石下の地の景観の特色である。このような石下の地を支配した領主たちの変遷を表に示したものがⅠ-1表である。
 
I-1表 石下の村々と領主の変遷
村  名領   主   の   変   遷元禄
郷帳
各村
旧高簿
豊 田 郡
本石下村慶長6幕領→寛永10古河藩(土井氏)→万治1土井利益,寛文4土井利益・利房→延宝3幕領と土井利房→天和3大久保忠増→元禄1幕領→宝永2幕領・旗本興津氏→享保15幕領・旗本興津氏・榊原氏→延享3佐倉藩・旗本興津氏・榊原氏→宝暦13幕領・旗本興津氏・榊原氏→文化9旗本土屋氏・上原氏・興津氏・榊原氏964石余987石余
中石下村(①寛永7伊奈忠治の検地で成立②延宝7上石下村から分村③寛文2土井利益の検地で本石下村から分村④貞享年間に本石下村から分村)土井利益→幕領→文政4旗本山本氏206石余206石余
上石下村(分村の説については中石下村と同じ)古河藩→幕領→元禄11幕領・旗本松平氏→寛政6清水家・旗本松平氏→幕領・旗本松平氏→幕末幕領・旗本松平氏・小浜氏457石余465石余
若宮戸村慶長6幕領→元禄10旗本佐々木氏・富永氏・初鹿野氏・稲生氏・内藤氏・小倉氏・興津氏・坪内氏・幕領754石余773石余
原 宿 村(①寛永7伊奈忠治の検地で成立②寛文2土井利益の検地で本石下村から分村③万治年間本石下村から分村)土井利益→延宝3幕領→元禄~宝永幕領・旗本佐野氏→文化9旗本佐野氏・上原氏→幕領・上原氏→嘉永5下野鳥山藩・旗本上原氏432石余435石余
小保川村慶長6幕領→宝永4旗本井関氏・幕領→寛政9奥医師井関氏・蜷川氏384石余384石余
館 方 村幕領→元禄10旗本小倉氏・坪内氏・興津氏→幕末旗本小倉氏・坪内氏・興津氏・幕領262石余257石余
豊 田 村(椎木村ともいう)慶長6幕領→貞享1駿河田中藩→元禄12幕領・旗本松平氏→元禄13旗本森川氏・松平氏→文政4旗本松平氏・森川氏・戸田氏1417石余1430石余
蓮柄沼新田(江戸中期に成立,延享3検地高21石余,反別3町5反余,うち高13石余本石下村八右衛門〔吉原〕請,高7石余豊田村政右衛門〔中山〕)請幕領21石余
本豊田村慶長6幕領→元禄10幕領・旗本森川氏・長田氏→宝永4幕領・旗本森川氏・長田氏・窪田氏→幕末幕領・旗本森川氏・長田氏・窪田氏・菊池氏659石余659石余
曲 田 村幕領→寛文4土井利房→天和2幕領→元禄10旗本長田氏・森川氏→元禄11旗本長田氏・森川氏・松平氏424石余424石余
収納谷村幕領→寛文4土井利房→天和2幕領→元禄11旗本松平氏107石余107石余
山 口 村幕領→寛文4土井利房→天和2幕領→元禄10旗本朝倉氏・小田切氏・武田氏275石余275石余
平 内 村(寛永7検地で成立)幕領→寛文4土井利房→天和2幕領→元禄11旗本松平氏125石余125石余
東野原村(寛永7検地で成立)幕領→寛文4土井利房→天和2幕領→元禄10幕領・旗本佐橋氏・土岐氏→宝暦13幕領・旗本佐橋氏・土岐氏→文化9幕領・旗本山田氏・佐橋氏・土岐氏→文政5幕領・旗本佐橋氏・土岐氏→弘化1旗本松平氏・佐橋氏・土岐氏260石余260石余
大 房 村(寛永7検地で成立)幕領→寛文4土井利房→天和2幕領→元禄10旗本朝倉氏・小田切氏・武田氏264石余264石余
新石下村慶長6幕領→慶長古河藩(永井氏)→寛永10古河藩(土井氏)→寛文4土井利房→天和2幕領→貞享1駿河田中藩→幕領・旗本松平氏→宝永4旗本岡田氏・小倉氏・窪田氏・井関氏→幕末岡田2氏・小倉氏・窪田氏・井関氏・幕領1667石余1672石余
妙見沼新田(天保年間以前に妙見沼を干拓して成立)幕領 新石下村孫兵衛請15石余,本豊田村3人請19石余34石余
岡 田 郡
杉 山 村(寛文11向石下村より分村という,「天保郷帳」では向石下村の内426石余)旗本森川氏403石余
 
村  名領   主   の   変   遷元禄
郷帳
各村
旧高簿
杉山村新田(享保年間成立,国生沼の一部を干拓)幕領23石余
篠 山 村(寛文11向石下村より分村という,「天保郷帳」では向石下村の内384石余)寛文11旗本森川2氏375石余
大沢新田(享保年間成立,古間木沼の一部を干拓)幕領 75石余
中沼新田(明和3古間木沼の最深部を干拓して成立,古間木村から分村)幕領→寛政8旗本蜷川氏198石余
岡田新田(享保年間成立,古間木沼の一部を干拓)幕領154石余
左平太新田(享保年間成立,尾崎村名主〔秋葉〕左平太の飯沼開発)287石余
馬 場 村(寛文以前は法木田村,寛文年間に成立,「元禄郷帳」では法木田馬場新田村)幕領→寛文4土井利益→万治1旗本土井氏→延宝3幕領→元禄4旗本石谷氏→享和10幕領63石余 63石余
馬場村新田(享保年間成立,飯沼開発)幕領211石余
崎 房 村慶長6幕領→明暦2関宿藩→幕領→元禄10旗本山田氏・幕領→元禄14旗本山田氏・松平氏・幕領→宝永4旗本山田氏・松平氏・窪田氏・幕領→享保10幕領914石余933石余
孫兵衛新田(享保年間成立,崎房村名主〔秋葉〕三太夫の飯沼開発)幕領548石余
栗山新田(享保年間成立,飯沼開発)幕領204石余
鴻野山村慶長6幕領→寛永10古河藩→寛文4旗本土井氏→幕領→元禄10旗本榊原氏・山本氏・小長谷氏→宝永3旗本榊原氏・山本氏・平賀氏→享保10幕領510石余566石余
鴻野山新田(享保年間成立,飯沼開発)幕領109石余
国 生 村慶長6幕領→幕末幕領693石余745石余
向石下村(畑中村ともいう,杉山村・篠山村を分村する,「元禄郷帳」にはこの2か村を含む)旗本森川氏1143石余365石余
向石下村新田(享保年間成立,飯沼開発)幕領12石余
蔵 持 村慶長6幕領→寛文4旗本森川氏→幕末旗本森川氏・幕領210石余274石余
蔵持新田(享保年間成立,古間木沼の一部を干拓)幕領88石余
中沼新田(明和3古間木沼の最深部を干拓して成立,古間木村から分村)幕領→寛政8旗本蜷川氏198石余
古間木村慶長6幕領→寛文4旗本土井氏・森川氏→天和2幕領・旗本森川氏→享保10幕領515石余589石余
古間木新田(享保年間成立,飯沼開発)幕領183石余
古間木沼新田(享保年間成立,古間木沼の一部を干拓)幕領→幕末旗本小笠原氏219石余

 このⅠ-1表によると、鬼怒川の川東の豊田郡、川西の岡田郡の新田を除いた古村の多くは、慶長六年(一六〇一)の多賀谷氏の滅亡により幕府代官頭伊奈忠次の支配する幕領(天領)になった。その後は古河藩(土井利勝)領からその子の利房、孫の利益たちの領地となり、元禄十年(一六九七)に行なわれた旗本たちへの「元禄地方直し」という、蔵米知行を地方知行に切り替える幕府の政策によって、多くの旗本の知行地がこの下総国石下の地にも成立したのである。石下の地は「元禄地方直し」以降、多くの旗本領が形成されたことが特色の一つである。
 

Ⅰ-4図 下総国絵図の部分(「下総旧事考」)

 鬼怒川の川西にあたる岡田郡では寛文期に旗本森川氏の所領となった篠山村・向石下村・蔵持村・古間木村があり、また古河藩領土井利益や利房領となった馬場村・鴻野山村など古村の場合は川東と同様であるが、やはり、享保期の飯沼干拓による新田開発により多くの新田が成立し、幕府代官の支配する幕領(天領)となっていたことが特色としてあげられる。
 このように、元禄期以降、川東の旗本領、川西の新田の幕領という図式が幕末まで続いていったのである。
 それでは、元禄期以前に石下を領した領主たちについて、Ⅰ-1表を参照しながら述べてみよう。