常総市/デジタルミュージアム

石下町史

第二編 中世

第五章 中世のくらしと文化

第二節 寺社と信仰

古間木の天台宗歓喜寺に隣接して熊野権現社がある。歓喜寺が別当寺であったが、同寺には江戸前期の貞享二年(一六八五)六月十一日付で将軍家より受けた朱印状があるが、その中に「任慶安元年十月廿四日先判之旨」とあり、慶安元年(一六四八)十月二十四日に朱印状を受けていたことが理解できるのである。貞享二年の朱印状には他の例でもみられる将軍綱吉の朱印がはっきりと押されており、実物であるのでその状中にみられる慶安元年十月二十四日付の朱印状も、実物が存在したことは確実である(『下総国旧事考』一三に慶安二年八月となっているが誤りであろう)。おもな由諸ある寺社は家康の朱印状を受けているが、それを受けていなかった由緒寺社が慶安元~二年に受けている。したがって、朱印状を受けている寺社は由緒ある寺社に相違なく、中世以来の寺社が多いといえる。そこで、歓喜寺の貞享二年の朱印状をみると、「古間木村歓喜寺熊野権現社領同村之内三石事」とあり、朱印地三石は別当寺である歓喜寺が監理する、熊野権現社領として認められていることに注目しなければならない。熊野権現は中世以来の神社であり、歓喜寺も古くから存在し、別当寺を勤めてきたということであろう。
 

Ⅴ-30図 綱吉朱印状(古間木歓喜寺蔵)