常総市/デジタルミュージアム

石下町史

第一編 原始・古代

第二章 縄文時代

第四節 信仰と埋葬

生命があるものにとって死というものはまぬがれえぬものであり、死に対する恐れなどから信仰的なもの、呪術的なものがあったと考えられる。
 縄文時代の葬法は、土葬が一般的であったと考えられる。しかし、酸性の強い日本の土壌の中に埋葬された骨は、酸化して消滅し、なかなかその痕跡は後世に残らない。発掘調査などによって埋葬の痕跡を知ることができるのは貝塚からがほとんどである。貝塚ではどのようにして残るのかというと、貝殻の炭酸石灰の作用により人骨あるいは獣骨類がよく保存されるためである。
 

Ⅱ-22図 竜ケ崎市廻り地A遺跡出土埋甕

 貝塚から確認された人骨の埋葬状態をみると、手足を折りまげて葬る屈葬や、手足を伸ばしたままの伸葬(伸展葬)などが基本的な埋葬法と考えられる。このほか、頭部に土器をかぶせた埋葬法や遺骸の上に土器を置く埋葬法、胸に石をのせる埋葬法などが知られている。遺骸は地面を楕円形状に掘りくぼめて埋葬されるが、前述のようにカルシュウム分を含む貝塚以外は土壌内に吸収されてしまうので人骨等は残らない。集落の調査の際多く確認される土坑(どこう)といわれるものの中にも、このような墓壙と考えられるものが存在すると考えられる。
 墓擴に埋葬される例のほか、住居の中あるいは外に人骨を土器の中に納めて埋葬する土器棺葬・埋甕などがある。再葬の風習を想定しうる例であるが、内部からの人骨の検出されることは極めて少ないようである。