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水海道市史 上/下

水海道市史 下巻

第六編 水海道の近現代資料

商業・金融・産業

農閑期を利用し、茄子苗、胡瓜苗、及甘藷苗等を仕立之れを販売するものは県下各処に行はるゝも比較的盛んなるは、多賀郡国分村、那珂郡勝田村、猿島郡新治村、結城郡飯沼村、菅原村等なり就中結城郡菅原村は其起原古く生産数量も多きが故に本村に就き調査を行ひたり。
一、位置及風土
本村は茨城県西南、下総結城郡の南部に位し、大生郷新田、伊左衛門新田、五郎兵衛新田、横曽根新田、笹塚新田の六大字より成り、地勢平坦にして山岳丘陵なく只台と称する土地及新田と称する低窪地あるのみ、本村は元飯沼の東に沿ひ、北は飯沼村、東は大花羽村、南は豊岡に接し、西は元飯沼を隔てて猿島郡の飯島村に接す、地形東西に狭く、南北に長し、東西二十一町、南北一里十九町。
吉田用水路は村の南方豊岡村の境界を流れ、仁連川用悪水路は西部を貫流して南豊岡村に入る。
台地は乾燥して往々旱魃の害を被り、新田の低地は水害を豪ることあり。
気候温和にして各種の作物に適す、特に蔬菜苗の盛んなる大生郷新田の如きは晩霜の害は殆んど認めずと云ふ、交通は常総線三妻駅を距る二十町、水海道町を距ること一里十五町、村内に県道なきも交通に不便を感ずること少なく利根の流域は舟の便あり。
二、沿革
蔬菜苗特に茄子苗及胡瓜苗を販売するは主として大字大生郷新田にして、本事業の起原は古くして享保年間、則ち飯沼開発の当時徳川幕府の代官、園芸栽培が風土に適へ且つ凶年の予備作として主要の副産業なること広く飯沼沿岸住民に諭し、栽培せしめたるに始まりたり、後任の代官又其の経営を以て凶年の予備として蓄積せしめたりと、当時の名主坂野伊左衛門氏は、飯沼開墾の首唱者の重なるものにして、特に大字伊左エ門新田は同氏の独力経営せしもの、能く農民を愛撫し本事業に就ては世々代官の意を受け、保護督励の任を全ふせりと謂ふ、当時の状況は今尚ほ古老の口碑に存す。
園芸栽培区域は、飯沼沿岸一帯元岡田郡猿島郡に跨り、旧三十一ケ村の栽培する処となり、生産額又莫大にして飯沼蓮根、飯沼茄子胡瓜の名は遠近に知られたりしが、星移り年変り、飯沼東岸(元岡田郡)は茶、其他雑副業起り、西岸(猿島郡)には茶業を専らとし、近年専売法の施行するや茶に次て煙草の栽培西北岸及び、本郡の一部に行はるゝに至り、園芸作物は昔時の観を止めず、往々識者の嘆息を耳にするのみなりしが、本郡農会が蔬菜栽培の奨励に際会し、大正三年八月特に本郡農業技手倉田龍次郎を派遣し指導奨励する処となり、時の村会事務員斉藤寅吉主唱者となり、渡辺文蔵、田中政吉之れに賛同し村長高橋愛助並に農会長坂野晁之れを是とし、特に村農会よりは斎藤事務員をして専ら組合組織の任に当らしめ、玆に創めて組合組織と為すに至れり、実に大正四年三月十五日なり、爾来此組合の活動に由り専ら茄子胡瓜の苗を仕立販売しつゝあり。
三、種類並に品種
従来地方に栽培せられし蔬菜類は、時勢の変遷と共に幾多の種類を栽培せしと雖も、現時に於ては主として茄子、胡瓜、南瓜の苗を仕立つる外、白花蓮根の栽培盛んなり、而して前記苗の中茄子苗は東京中生山茄子、胡瓜は節成及大青、南瓜は縮緬種最も多きを占む。
四、従業戸数
茄子及胡瓜苗を仕立て之れを販売するものは、大字大生郷新田を主とし従業戸数六十戸にして、組合に加入せるものは其半数即ち三十戸なり。
五、生産数量及価格
茄子、胡瓜、南瓜苗の生産数量及価格左の如し。
 
年  次茄   子   苗胡   瓜   苗南       瓜
数  量価  格数  量価  格数  量価  格
 
大正五年

一、一〇〇、〇〇〇

二、五〇〇

一〇〇、〇〇〇

七五〇

二〇、〇〇〇

一五〇
大正六年九〇〇、〇〇〇六、三〇〇八〇、〇〇〇八〇〇二〇、〇〇〇一六〇
大正七年八〇〇、〇〇〇八、〇〇〇六四、〇〇〇九六〇二四、〇〇〇二八八
大正八年七五〇、〇〇〇一〇、五〇〇六五、〇〇〇一、三〇〇二六、〇〇〇四四二


 
六、苗の仕立法(略)
七、苗床の材料(略)
八、病虫害及駆除予防法
従来茄子に立枯病及青枯病等ありしも、採種法の改良と苗床に灰を使用せるとにより、現今にては殆んと発生を認めず、胡瓜にはべト病発生するを以てボルドー液を三四回撒布す。
九、荷造及運搬
茄子苗は近郷に販売する場合には一定の荷造法なく各自思ひ/\に荷造をなすも、之れを遠方に販出する場合には、苹果の空箱を利用し、一箱へ茄子苗は三百本乃至四百本、胡瓜苗は百五十本乃至二百本、南瓜苗は百五十本乃至二百本にして運賃の関係上苗には成る可く少しく土を附し、一箱の重量を四十斤となす、箱には蔬を被ひ縄を以て結束し、組合の生産物には別記の保証票を附して販売す。
十、販路及取引
販路は県内七分、県外三分にして、県内の主なる仕向先は真壁、猿島、筑波、稲敷の四郡にして県外は千葉県野田町、香取郡地方して特に五月五日香取神社祭礼の時を利用して販売す、当日は香取郡旭村字鹿田産茄子苗と競争をなす、苗の取引は何れも現金となす。
十一、収支計算
    幅六尺長さ二間の親床に対する収支計算
     収入
金二百円       茄子苗一万本代  一本二銭
     支出
金百四十六円二十一銭九厘
     支出内訳
金三円八十銭四厘   親床材料
金二円四十銭     親床構造男二人女二人
金五拾銭       茄子種子一合代
金七拾銭       苗床屋根造男一人
金三円        管理手入延四十日男五人
金五拾四円二十六銭  移植床材料四個代
金六円        移植床構造及管理手入男五人女五人
金二円        移植女四人
金三円        管理手入延二十日男五人
金四十六円十八銭   本付床材料四個
金二円三十銭     本付床植付、男三人女三人
金十四円       本付ヨリ販売迄人夫 男十五人女十人
金五円七銭五厘    苗床周圍風除
金三円        風除作製人夫男五人
     差引
金五十三円七十八銭一厘
十二、作業上労力の年中分配及他業との関係
茄子苗の仕立は、十二月頃より翌年五月上中旬頃の間にして、十一月一月の二ケ月は材料蒐集二月より五月迄は、苗床の作製及管理手入にして其の間と雖も多数の人夫を要せず、又本業たる米麦作と其労力衝突するが如き事なく、農閑期の余剰労力を利用し得。
十三、発達に有利なりし事項
 一、古にありては名主坂野伊左衛門現今に於ては斎藤寅吉の如き中心人物出でゝ指導奨励せしこと
 二、飯沼より真蔬、葭、等発熱材料及風除材料豊富に供給し得らるゝ事。
 三、郡農会及村農会に於て指導奨励に努めたること。
 四、気候温暖にして苗の成育に適すること。
十四、発達に障害の事項
 一、不良苗を販売するものありて之れが為め声価を墜すことあり。
 二、組合外のもの又は仲買人にして組合の名称を窃みて不良苗を販売するものあること。
十五、従来に比し改良したる点
 一、本付床の中央に胡瓜を植え早く市場に出し不時の収入を得たること。
 二、ボルドー液を使用し病害を予防したる事。
 三、組合に於ては苗に保証票を附したる事其の成績左の如し。
 
 保証票を添附せざるもの 保証票を添附せるもの
種 目一千本価格種 目一千本価格
 円 円
胡瓜苗六・〇〇〇胡瓜苗八・〇〇〇
茄子苗四・五〇〇茄子苗六・五〇〇
南瓜苗五・〇〇〇南瓜苗七・〇〇〇


 
十六、将来改良すべき要点
 一、組合の拡張を計り全村組合員たらしむること。
 二、不良苗を販売せざる事。
 三、本業と衝突せざる範囲に於て経営する事。
十七、該業の農家経済に及ぼしたる影響
当地は元飯沼の開墾移住者多くして元来生計余り豊かならざりしが副業として茄子、胡瓜の苗を仕立販売するに至り、今日に於ては之れが為め不時の収入あり特に当地は土地狭く、米麦菽の本業のみにては生計困難にして又五月上旬頃に於て農家の収入としては少なき時期に於て莫大の収入を得之れが為め夏作の準備を補ふことを得ると云うに至りては、該業が農家経済に及ぼしたる影響鮮少にあらざるべし、而して一農家にして多きは床の面積百二十坪茄子苗三万五千本を販売するものあり。
十八、該業の組合状況
菅原村園芸組合と称し、事務所を大字大生郷新田現組合長斎藤寅吉宅に置き、大正四年三月十五日創立現在組合員三十名を有す、本組合の特に力を注ぐ点は良苗の仕立及販売にして需要者の信用を増進せんが為め正確なる苗を作り之れに保証票を添付して販売しつゝあり。
 保証案左の如し。(略)
十九、将来の見込
該業の農家副業としては、農閑期を利用する事を得ると同時に副産物として良好なる堆積肥料を得られ、一方にて不時の収入あり、他方に於ては金肥の節約を見、加ふるに材料は高価のものを用ゐず。集むるに容易なるが故に、農家の副業としては有望の副業たるべし。
二十、主なる生産人及販売人
 
 一、生産人
  田中政吉大根貞次郎坂田孫一
  梅田甚蔵田村喜蔵岡田謙蔵
  坂野清三郎渡辺文蔵
 組合販売委員
  加藤増之介松井庄之介坂野栄吉
  宇田川彦一郎


 
 菅原村園芸組合規約(略)
     組合役員氏名 組合長 大根貞次郎
            副会長 渡辺文蔵
            理事  田中政吉(以下略)
                         〔大正九年『茨城県の農家副業』県立歴史館史料室〕