常総市/デジタルミュージアム

水海道市史 上/下

水海道市史 下巻

第六編 水海道の近現代資料

政治・社会

 ○『茨城日日新聞』(第一〇〇号 明治一四年六月二九日)雑報
○豊田郡水海道駅辺の有志者結合して演説会を設け一時盛んなりと雖も集会条例発行後人々解散寂然たりしが亦た有志者之れを憂ひ一層の奮励心を起し去る十九日同駅米鉄楼に集会し演説を開く其演題人名は(習慣論自負心ノ必用)南左重氏(演説ノ弁)草間勝三郎氏(共益社ノ旨趣)松田秀軒氏(良友ヲ得ル方)北条役三郎氏(依頼心ノ弊害)長塚玄春氏(教育ノ真味)塚田柳斉氏(読書演説優劣ノ弁)長沼梅仙氏(論題未定)飯島省三郎氏(諸物効用)奇崎進氏(教育ノ目的)石原識明氏(貧富平均論)斉藤斐氏(国ノ盛衰ハ教育ニヨル乎)山中半氏(共益社ト水駅人民ノ関係)鈴木竹次氏(水海道ノ開明ヲ祝ス)小林秀三浦(郎カ)氏(論題未定)舎(宮カ)本安五郎氏
 
 ○『茨城日日新聞』(第一一五号 明治一四年七月一六)
○此程豊田郡水海道駅松田秀軒小林秀三郎の両氏は近村人民の卑屈なるを大に憂慮し自ら率先となりて三十名の有志者を募りて毎月一会つゝの演説会を開設したりと
○また聞く同駅の学校は狭隘にして破損あり校中も甚た不潔なるを以て生徒の健康を害せんことを同駅に住する豪商赤沢金兵衛広瀬武兵衛の両氏深く心配ありて今比新築せんと自ら西奔東馳して之に尽力するとか
 
 ○『茨城日日新聞』(第一四二号 明治一四年八月二三日)雑報
○去る十七日下総国豊田郡水海道駅の米鉄楼に於て開きたる教育演説会の演題は(明治開化ニ天狗ノ現出スルハ抑何ソヤ)松田秀軒氏(圧制政府ノ弁)客員霜勝之助氏(如何ナル教育カ今日ニ要用ナル可キ耶)客員野手一郎氏其外数名にして傍聴人は殆んと二百名なりと
 
 ○『茨城日日新聞』(第一五一号 明治一四年九月二日)
○今回下総国豊田郡水海道駅修道舎の宮島金龍豊島主齢両氏が発起にて東洋文詩社と云ふを設け冾く社員を募り其詩文を集め評黙を加へて雑誌となし毎月一回ツヽ発兌ヽする由
 
 ○『茨城日日新聞』(第一六五号 明治一四年九月二二日)
○豊田郡水海道駅の秋場桂園氏が此程諸所を奔走し近郷六七ケ村の有志輩と結合し教育演説会を開きしよしなるが其社員ハ古谷武平川口常造其外数十名ありと
 
 ○『茨城日日新聞』(第一六八号 明治一四年九月二七日)雑報
○豊田郡水海道駅の有志滝川政平増田為吉の両氏が主唱にて東京三田協議社々員数名を聘し同地学校に於て去る十八日に催せし政談演説会ハ(日本ノ国蠹トハ誰ヲ謂フソヤ)長塚玄春(内患外憂交至ル)小林秀三郎(関西貿易商会ノ不幸ヲ嘆ス)宮本安五郎(日本人民ノ不幸ヲカナシム)内田林八(誰カ日本ニ最後ノ法庭ヲ開クト謂フ乎)南左重(誰カ救世主ナル者ゾ)客員平賀敏(政党論)客員高橋正信(地方分権論)客員渡辺久馬八の諸氏にして傍聴人殆んと八百名なりと
 ○『茨城日日新聞』(第一八二号 明治一四年一〇月一三日)雑報
○北相馬郡坂手村の潮来楼に於て近郷の有志者相謀り去る二日学術演説会を開きたり其の演題人名は(安眠妨サルヲ得ス)奇崎進(小成ニ安スル勿レ)鈴木寅次(権理ナケレハ義務ナシ)寺田兼三郎(良教師ノ必用)北条役三郎の諸氏なり
 
 ○『茨城日日新聞』(第二一五号 明治一四年一二年一日)木曜日
○本月二十二日頃豊田郡共益社にて東京国友会員馬場辰猪を聘して政談演説会を開き続いて取手駅守谷町谷田部等にても同氏を聘して演説会を開くよし尤も豊田郡は郡吏の組立に掛ると云ふ其景況は其節報知を待って掲載せん