常総市/デジタルミュージアム

水海道市史 上/下

水海道市史 下巻

第五編 近現代の水海道

第一章 明治期水海道の政治と社会

第一節 地方行政の出発と自由民権運動

明治二一年(一八八八)四月、市制、町村制が公布され、翌年四月一日より施行することが決められた。これは明治二三年(一八九〇)開設予定の帝国議会、及びそれに先立つ、帝国憲法の発布(明治二二)など一連の近代的国家体制整備の一環としての、重要な地方制度の確立を意味している。
 明治二二年三月までには県下各市町村が形成され、全県下で一市三九町三三六村が成立した。
 水海道地方では、結城・岡田・豊田郡役所管内の一町六か村、北相馬郡役所管内の三か村、合わせて一町九か村が誕生した。これ以後、戦後昭和三一年に現在の市域が確定するまでの、近代約六五年間の歴史は、基本的にこの一町九か村の行政町村を中心に展開することになる。
 町村合併を進める上で、法律では一応、「大凡三百戸乃至五百戸」を独立の町、村の規模にふさわしいとしていたが、旧来からの経緯や、村落の規模を踏まえて形成されたから、出来上った町、村規模はまちまちであった。茨城県下の一町村は平均して五つの旧町村の合併からなり、戸数で四三八戸、人口二五八九人を示している。
 市制、町村制により出来た町村は、たんなる行政区画としてではなく、自ら独立し、統治する「法人」として、独立した人格として、確立することを目的としていた。しかし自治の実態は極めて制限されており、国家のための行政事務負担、財政負担が押し付けられることが多かった。
 明治二六年(一八九三)一二月現在における、水海道市域の各町村の概況を示すと第七表のとおりであった。
 
第7表 明治26年各町村の概況(「下総六郡名家揃」)
町村名戸数人口町村
議員
衆院選挙
資格者
役場位置小学校位置町村長
水海道町9285,2701247水海道水海道長塚重明
大生村4783,0621161相野谷平右衛門新田
五箇村4122,9731162上 蛇上 蛇猪瀬嘉吉
三妻村4933,2371246三 坂三 坂古矢美三雄
大花羽村3011,8971240大 輪大 輪石塚清一郎
菅原村4122,9221243大生郷大生郷坂野慶蔵
豊岡村5833,7021252元執恩寺元報恩寺星久馬
坂手村3451,9831224坂 手坂 手鈴木孝
内守谷村2431,5351218内守谷内守谷藤啓助
菅生村5003,2451224菅 生菅 生