常総市/デジタルミュージアム

水海道市史 上/下

水海道市史 下巻

第五編 近現代の水海道

第一章 明治期水海道の政治と社会

第一節 地方行政の出発と自由民権運動

では当時の町村会の模様がどのようなものであったのかを、水海道駅村会の場合についてみることにしたい。
 選挙後二か月を経て明治一二年一一月召集された同駅村会において、議員番号が決められるとともに、正副議長、幹事二名、書記二名が置かれた。
 議長席に就いたのは、二〇名の議員の中からではなく、先の県会議員選挙で県議となった秋場庸であったことは注目される。というのは、議長は議員中互選という町村会規則に照らしてみれば、明らかに例外であったからである。しかし、発足当初の町村会に、就任間もない県会議員が、何等かの資格においてか、あるいは全く特別にかはともかく、議長として出席している所に、当時の町村会の性格の一端を知ることが出来よう。
 副議長には滝川政平が、幹事には鈴木松右衛門、荒井作兵衛が就いた。さらに書記の任を負ったのは、松田秀軒と宮本安五郎の二名であった。松田は若き医師で民権政社水海道愛国社の設立者であり、宮本は水海道警察分署の書記という顔ぶれであった。
 ここで討議された議事は、順に、戸数割、堤防、道路橋梁、学校、村費賦課法、村費予算の六か条に及んでいる。
 戸数割は、一律一戸につき二五銭で良いとする県布達によらず、その但し書きによって、等級別賦課を採用した。これにより、水海道駅内の八百数十戸につき一等から二八等までランク付けを行い、各等級別に賦課額を定めるという作業が進められたのである。
 堤防に関しては、各郷で持場を決め、一般に出水時ばかりでなく、平常時も見廻る必要性のあることが確認され、さらに小貝川堤塘の均一化工事を年次計画で行うことが、申し合われた。
 道路橋梁の討議では、県道一線、大道七線、その他は支道であるとされた。そして各地先の受け持ち範囲を定め、普請を行うこと、その普請は人民惣代が世話方を行い、賦課法は慣行によることとされた。橋梁についても同様であった。
 学校については生徒が多くなったため、これまでの学校では狭くなり、健康上好ましくない状態が生れつつあるので、近く新築しようという計画等が討議されている。しかし学校資金は巨額を要するため、たとえ新築してもその維持も困難なようでは困るので慎重に進めたいとしている。ちなみに水海道小学校の一か年経費は六三〇円で、うち四八〇円が教員六名の給料、一〇五円が諸設備費、三〇円が世話役二名の給料、その他校僕給料であった。収入としての生徒授業料は一二二円五〇銭で、全経費との差額五〇七円五〇銭を、次のような賦課方法で賄うとされた。すなわち一つは市街宅地、普通宅地、耕地山林原野といった土地に、二つは、市街地商業戸数に、三つは台町の渡船場収入に賦課しようという方法である。
 また、村費の賦課方法は予算総額の一割を戸数割に、残りのうち二割二分を市街宅地地価に、七割八分を耕地、普通宅地及び山林原野の地価に課すことに決められた。なお、市街宅地は一等から一七等までの等級別にされていた。
 最後に水海道駅の明治一二年一一月から、翌一三年八月までの八か月に要する経費予算を審議した(第二表)。
 
第2表 水海道駅経費予算内訳(明治12年11月~13年8月)
金   額費     目
 1 20円山林原野改正調査費
 2 50円堤防橋梁修繕費
 3 20円定使給料
 4  2円掲示場看守人給料
 5 11円60銭戸長役場費不足補充
 6  2円祭典費
 7  4円字高野井堰費
 8 50円鬼怒小貝両川通組合村々普請人足,割受賃代
 9 30円駅内諸雑費
10 16円96銭8厘門樋普請拝借5ケ年賦返納金
11 50円本年度通常会議費
12 34円書記2名給料,議員弁当料
13 16円炭紙筆墨諸器械代及ビ閉場式費用共
14 30円13年5月通常会議費
(合計)286円56銭8厘


 
 この支出費目から、当時の戸長役場における、事務の一端を窺い知ることが出来る。
 ただしこれはあくまで一村限りの事務であり、戸長役場には徴兵等の国政委任事務をはじめ、諸雑務が無数にあったのである。
 村会では議案外決議として、一、人民共有地は残らず売却の事、一、渡船場穀物(おそらく代金替りに穀物で支払うこと)を廃止する、一、租税取立は戸長役場で直接行うべき事の三件がとりあげられた。
 この村会議事録は幹事によってまとめられ戸長役場に届けられた。