常総市/デジタルミュージアム

水海道市史 上/下

水海道市史 上巻

第三編 中世の水海道地方

第三章 宗教と信仰

第三節 浄土真宗と常総地方

龍雲山阿弥陀寺(水海道市坂手町)はもと天台宗であったが、寺名とともに浄土真宗に改めている。最初は高倉長良九代の孫孝清の三男宗重が一道と称し北呂山(きたろやま)一道淵の観音山に創建し、横曽根(水海道市豊岡町)の報恩寺が親鸞の教化により真言宗から浄土真宗に改めてから、一道は報恩寺に通ったが、帰路は同寺に背を向けないで歩いたとの伝説があるほど、報恩寺性信を尊んでいる。その後、新宿(谷和原村小絹)の高台に移っているが、寛文一一年(一六七一)に坂手(水海道市坂手貝置)に移っている。その時の新宿の信徒は檀家として今日に及んでいる。
 次の親鸞書状は報恩寺の性信宛である。なお元浅草報恩寺蔵であるが、写文は阿弥陀寺にもあるからここに掲げる。
 
   下着より後は度々御文給
   誠に対面とひとしく承り候
   予(わ)が影近事 東国の門人
   ます/\信心ふかく悦候由
   何事よりも嬉しく候なり
   御房其地におはしませば
   我身ふたつ持候と思ふなり
   志かし陸奥の弘法いぶかしく候
   ほどに専空を下し候 是心
   無為心 順信其外の人々とも
   よく申あわれて兼て申含候
   ごとく念仏弘通簡要(ぐつうかんよう)に
   候なり 尚又くわしくは跡より
   可申候 穴賢(あなかしこ)/\
    二月十一日   親鸞(花押)
     しょうしん御房へ
           御返事