常総市/デジタルミュージアム

坂野家書画資料解説

「坂野家の書画資料」について

坂野耕雨の文墨交誼

  • 白楽天勧学文
  • 大高半斉書


 「録白樂天勸學文」と記されたとおり『古文真宝』前集所収の「白楽天勧学文」を揮毫したもの。原文は「有田不耕倉廩虚。有書不教子孫愚。倉廩虚兮歳月乏。子孫愚兮禮義疎。若惟不耕与不教。是乃父兄之過歟」で「田有れども耕さざれば倉廩(そうりん=米蔵)虚し。書有れども教えざれば子孫愚なり。倉廩虚しければ歳月乏し。子孫愚なれば礼義疎(おろそ)かなり。惟だ耕さざると教えざるとの若(ごと)きは、是れすなわち父兄の過ちなるか」と読まれる。本作は少し草書を交えつつの骨格確かな行書だが、「子孫愚兮禮義疎」の「兮」は誤脱している。
 「安未六稔辜月(こげつ)為阪老君書半齊包」の落款と「吉包之印」白文方印、別号と思しき「琳卿」朱文方印から、安政六年己未(1859)11月に大高半斉(名は包)が坂野耕雨(1803-62)に進呈したものと知る。安政元年(1854)に元水戸藩士大高半斉が水海道に移り、今は廃寺となった成就院下に帷(とばり)を下ろして子弟を教授したことが知られるが(『水海道市史』上巻501頁)、以後の耕雨との交誼を示すものである。耕雨の後裔への戒めと励ましも込めて「耕す」の語が含まれた教訓詩を贈ったのであろう。なお白文引首印は「半齋」と刻されているが、自署や史料のとおり半斉である。
 
解説: 森岡 隆(筑波大学教授・博士(芸術学)) 2019.3
 
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