水戸市立図書館/デジタルアーカイブ

水戸百年

水戸百年

水戸TODAY

 写真は市中心部の東端にあたり、桜川沿いに広がる水戸千波低地と吉田台地が接する部分である。桜川は、蛇行する那珂川に若宮町地先で合流している。写真左上隅から突き出ている台地は、那珂川右岸段丘の上市段丘。水戸城の本丸と二の丸あたりで、突端に水戸第一高等学校、その西に水戸第三高等学校と茨城大学附属小学校が見える。一高の東部は低地となり、水戸赤十字病院、日本たばこ産業水戸工場、城東小学校、住宅街と続き、縦貫する国道六号東側には県営若宮アパートと下水処理場がある。
 内原町有賀を上流端とする桜川には、写真左から駅南小橋・柳堤橋・水門橋・石垣橋・搦手橋・仲ノ橋・大洗鹿島線橋・新町橋・桜橋・新桜橋の橋が架かり、堤防上にはサイクリングロードがつくられている。柳堤橋たもとから取水し右端へ斜めに流れているのは、農業用水として、那珂川と涸沼川に囲まれた那珂川右岸低地約百ヘクタールを潤している備前堀。堀の南側に第三中学校、北側に浜田小学校がある。三高下から柳堤橋を渡り、市街部を抜けて、右端近くで備前堀と接しているのは国道五一号。接する部分あたりからは常澄村に入る。
 那珂川と国道六号、備前堀で囲まれるあたりが、いわゆる下市と呼ばれる地域。下市は徳川光圀が城下町として開発した所で、当時は田町と称されていた。柳堤橋西側の一帯は、古くは千波沼下沼であったが、大正末期に干拓されて水田となり、昭和四十年代の駅南開発により商業・住宅地域となった所である。
 写真左下から那珂川低地に張り出しているのは吉田台地。農業地域から住宅地域に変わりつつあるのがわかる。左下隅は第四中学校。左中央、台地突端は吉田神社で、四中の上方から吉田神社の手前を右折、下市へと続いているのが昔の水戸(江戸)街道である。写真中央に見える池は常照寺池で、池に接して水戸藩士や常陸山などの眠る酒門共有墓地、下方に酒門団地が見える。