酒田市立図書館/光丘文庫デジタルアーカイブ

酒田市史年表

昭和期

昭和(1926~1989)

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昭和51年19761月20日~24日、寒波により新井田川が結氷。水道管206ヵ所で破裂する。
1月新橋二・四・五丁目地区、浜田堰土地区画整理事業が完了する。
3月1日上田保育園が竣工する。
3月10日酒田労働基準監督署庁舎が竣工する。
3月20日高砂から市営葬祭場が大字浜中字八間山に移転完成する。(573㎡、1億1903万円、昭和50年6月着工)(酒田市議会史年表)
3月21日十坂公民館が完成する。(上に同じ)
3月31日柳小路マーケット道路占有者が全員移転完了する。(4月建物撤去)(上に同じ)
3月31日大浜運河26.500㎡の埋立が完了する。昭和49・50年度事業。(水銀汚染の疑いからヘドロ流出防止対策)(上に同じ)
3月『酒田の昔話』が発刊される。編集者、野村純一、酒田市で出版。
3月「垂釣筌」が発刊される。陶山稿木述・佐藤七郎編。
4月8日山居マートが竣工する。
4月朝日電気株式会社酒田工場が操業開始する。
4月『虚藻茶話』(随筆)が発刊される。編集者、佐藤宗文(公太郎)。
5月23日酒田みなとライオンズクラブが設立する。初代会長鹿野誠一、会員39名。
5月24日上割土地区画整理組合事業が竣工する。
6月7日盲人工芸家石井梅蔵が没する。85歳。県立山形盲学校石井賞奨学金を設立。宮大工、局の石井菊治郎の長男として生まれる。大正15年石井農機製作所を設立する。各種新式装置を発明し、日本発明協会より表彰される。53歳のとき、事故で失明したあと有名な寺院等の模型をつくる。代表作、宇治平等院鳳凰堂。黄綬褒章・勲五等双光旭日章を受ける。
6月8日飯森山付近に南洲神社がたてられる。ついで9月26日南洲会館がたてられ、57年9月23日には南洲文庫が併設される。(和本1万冊・洋式本2万冊・掛物1200本)。運営は50年9月に創立された財団法人庄内南洲会、代表長谷川信夫。毎月24日夜、南洲翁遺訓講究会を催すほか、毎年9月24日例祭を行っている。このほか2月頃、遺徳をしのぶ旅を実施している。
7月10日県北部に集中豪雨が発生する。水害
7月14日大浜・北港地区が特別防災地区に指定される。(酒田市議会史年表)
7月広野出身、斎藤隆はカナダのモントリオールで開かれた五輪の重量挙げフェザー級で4位に入賞する。(酒田市制50年)
7月『新徴組』が発刊される。著者、小山松勝一郎。
7月『庄内を掘る』が発刊される。著者、佐藤禎宏。
8月酒田東高卒の越中聡が長野インターハイで、新体操で個人優勝する。(酒田市制50年)
8月2日御成跨線橋が完成する。(酒田市議会史年表)
8月5日~7日大雨のため、酒田で床下浸水821戸が発生する。水害
8月9日黒森歌舞伎が県指定の無形民俗文化財となる。
8月『女盛り男盛り』(随筆集)が出版される。著者、中村博雄。
8月8月の平均気温21.8度で、観測開始以来の異常低温となる。この年凶作。
9月3日酒田カントリークラブが竣工する。
9月9日山形県水産事務所の新築工事が竣工する。
9月9日元泉第二土地区画整理組合事業が竣工する。
9月13日北部農協駅東事務所が竣工する。
9月錦町一丁目地区、四中東土地区画整理事業が完了する。
9月東町一丁目地区、広表第二土地区画整理事業が完了する。
9月青年学級開設20周年記念文芸春秋講演会が市民会館で行われ、畑正憲・五木寛之・三好徹が来酒する。
10月光ケ丘二丁目に創価学会酒田会館ができる。
10月10日酒田市公共下水道家際雨水ポンプ場が通水される。
10月21日終末処理場起工式を東泉町の現地で行う。
10月28日北新橋土地区画整理組合事業が竣工する。
10月29日午後5時40分頃、中町二丁目の映画館「グリーンハウス」から出火し、折からの瞬間最大風速35メートルという強風にあおられて、あれよ、あれよという間に、中央商店街を中心に新井田町まで焼けた。焼失面積22.5ヘクタール。西から東へ短冊型に、翌日早朝まで延々と11時間にわたって燃え続け、市民を恐怖のまっただ中に叩きこんだ。各地から消防車が救援にかけつける。二番町、新井田町辺では破壊消防を行う。新井田川東岸に一斉に消防車を配列し、水幕を張って必死にくいとめる。本間家本邸は焼けなかった。(本邸建設者本間光丘は、北西風に対し、タブを植え、空地や土屛をもって防火を考えていたことがわかり、研究者達を驚かした。)旧山王堂町では赤い腰巻を旗竿につけて立てたという。風雨波浪注意報発表。り災世帯1,023・り災者3,300人・罹災児童生徒378名に達する。上林消防長が殉職する。(損害405億円)。 明治27年の庄内大震火災以来最大の災害となる。まもなく自衛隊がきて焼跡整理に当たる。また、全国から救援金や物品が寄せられる。我が国における戦後4番目の大火となり、酒田大火とよばれる。火事
10月31日洋画家土井栄が没する。60歳。八幡地区一條村土井善五郎の家に生まれる。本郷絵画研究所で岡田三郎助・辻永・中村研一等に師事する。菊地寛の挿絵をかく。主体美術協会の創立に参画する。「モンマルトル風景」「セーヌ河畔の絵」が一條公民館にある。
11月1日阿部政井が酒田市表彰条例による表彰を受ける。
11月2日新両羽橋が完成する。
11月24日酒田大火により激じん災害地に指定される。
11月26日復興区画整理事業を県事業として施行するため、県と市の間に協定書が結ばれる。
12月1日山形県酒田市火災復興建設事務所が琢成小学校跡に県市職員23人で発足する。
12月27日~翌年2月10日まで異常低温が続く。
12月京田一丁目地区、上割土地区画整理事業が完了する。
十坂公民館が新築落成する。
琢成小学校に言語治療教室を開設する。
酒田商業高校商業科に電子計算機(OKITAC4400)を導入する。(酒商八十年史)
作家石堂秀夫(母は酒田出身、戦時中酒田に疎開)が来遊する。「最上川」(歴史と旅)を発表する。(酒田市制50年)
港座で新内正派の富士松加賀・本派の富士松呂遊・栄派の光翁太夫・勝新派の勝一郎を呼び、新内の会を開く。主催ケルンの井山計一。妙法寺の墓地には新内語りと思われる「宮古路豊後太夫」の墓があり、昔も来酒していたことをうかがわせる。