酒田市立図書館/光丘文庫デジタルアーカイブ

酒田市史年表

江戸時代

享保(1716~1735)

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享保4年17193月1日近江町から出火して荒瀬町・浜町など70戸を焼く。火事
8月最上川河口新川の掘替工事を始める。
酒田湊において廻船問屋の株仲間が作られており、仲間以外の営業を締め出している動きがある。そのため新興商人が藩に願い出て、問屋72人のところ、さらに19人が改めて公認され、定員91人となり、大問屋・小問屋の問屋組合をつくる。
秋、藩では大坂廻米のため摂州(大坂・兵庫)から10般を雇い、翌年4月出帆する。
上郷商人や、酒田特権商人(三十六人衆)による増口銭や酒田船の運賃値上に反発し、村山地方の在方荷主が連合して、江戸で直訴行動を起す。
新庄の渋谷九郎兵衛が高野浜御船蔵西に、東西五、六十間、南北三、四十間の材木置場拝借願いを出す。(市史史料篇一)
大凶作米一俵、一両三百文に騰貴する。(荘内史年表)
加賀屋(山田姓・本町六丁目)太右衛門家に奉公していた櫛引通り昼田村出生の宇兵衛は、大力無双で相撲が強く、のち江戸相撲となり鬼ケ島のしこ名、のち鞍馬山を名のり大関まで出世する。その後大坂でも活躍する。京都二条善導寺に墓がある。