弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

資料編1(考古編)

新編弘前市史 資料編1(考古編)

第3章 古代

第3節 飛鳥・奈良・平安時代

4.古代の文化と信仰

(3)葬制(終末期古墳)

 飛鳥時代から平安時代初期(7世紀~9世紀後葉)にかけて東北地方と北海道石狩低地帯に分布する直径10m前後、高さ1mほどの小墳丘をなす墳墓が存在する。これらの墳墓は、その構造的な面から古墳時代の古墳の影響を受けたものとして、「終末期古墳」あるいは「末期古墳」と呼ばれている。この被葬者たちは、在地(蝦夷)の首長層を中心とする人々と見られ、副葬される文物には直刀や蕨手刀のほか、ガラス玉を含む各種玉類、あるいは須恵器など、一般民衆の入手しがたい特殊なものが多い。
 青森県においてもこれまで、県南地方では鹿島沢古墳群(八戸市、丹後平古墳群(八戸市)、殿見古墳群(八戸市)、阿光坊古墳群(下田町)、平畑遺跡(三沢市)などが、一方津軽地方においては原古墳群(尾上町)が知られている。このほか、埋葬施設である主体部は検出されていないものの、終末期古墳と推定されている円形周溝だけが確認された遺跡として、根岸遺跡(百石町)、中野平遺跡(下田町)、近野遺跡(青森市)などが知られている。
 原古墳群は、昭和63年(1988)・平成2年(1990)の2回にわたる発掘調査が青森山田高等学校葛西励・高橋潤によって行われ、12基の古墳が確認されている。このほかにも、数十基が存在する可能性が高い。このうち、4号墳・5号墳の2基においては盛土(マウンド)も検出している。周湟(しゅうこう)は馬蹄形のもので南東方向で開口されている。死者の埋葬施設である主体部は確認できなかったものの、周湟内からは葬送儀式の際に用いたと思われるガラス製小玉・須恵器堤瓶・同高台付坏・同長頸壺・土師器坏・同甕などが出土している。また、昭和48年にはこの遺跡から蕨手刀が1振出土している。古墳造営の年代は、出土遺物から見て8世紀前葉から後葉にかけてのものである。

図117 原古墳群古墳配置図


図118 原古墳群の構造


図119 原古墳群出土遺物

 このほか、津軽地方では7~8世紀の古墳群に埋葬されるものと同類の勾玉が、田舎館村境森や平賀町大光寺新城遺跡で、また銅釧が金木町で、さらに8世紀の蕨手刀が弘前市門外で出土している。これらの地域でも、終末期古墳が存在した可能性が指摘されている。