弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

資料編1(考古編)

新編弘前市史 資料編1(考古編)

第3章 古代

第3節 飛鳥・奈良・平安時代

4.古代の文化と信仰

(1)祭祀と仏教文化の波及

 青森県内のこれまでの調査では、7世紀後半~10世紀の祭祀遺構は終末期古墳以外に明らかでない。しかし、この時期の祭祀遺物としては土馬・斎串・勾玉(土製・石製)・小玉(土製・石製・琥珀製・ガラス製・水晶製)・土鈴等が多くの遺跡で出土している。このほか、祭祀用と見られる小型手捍(てづく)ね土器もあるが、日常生活用具との違いが明確でないため、一部を除きここでは省略する。
 各種の祭祀遺物の多くは、集落遺跡での竪穴住居跡内からのもであるが、斎串だけはいずれも用排水路跡からの出土である。以下、各種遺物の概要と出土状況から見た特徴等について略述する。律令体制外の地域的な祭祀はほとんど不明、むしろ体制下の祭祀遺物であることが特徴であろう。

図107 古代の祭祀遺物分布図

表8 古代の祭祀遺物出土遺跡一覧
番号遺跡名所在地出土遺構祭祀関連遺物伴出遺物時期備考
1甲里見(2)遺跡黒石市大字高館字甲里見竪穴住居跡
覆土
土玉19C前半第1号住居跡
竪穴住居跡
床面
土馬1
土師器

9C前半
第2号住居跡
カマド燃焼部勾玉1
2岩ノ沢平遺跡八戸市
大字櫛引
竪穴住居跡
床面
ガラス小玉1土師器10C前葉~中葉第5号住居跡
竪穴住居跡
床面
琥珀製平玉3
石製平玉1
土師器10C前葉~中葉第6号住居跡
竪穴住居跡
覆土
土馬1土師器9C前半第12号住居跡
(報告書未刊)
3近野遺跡青森市大字安田字近野竪穴住居跡
覆土
土製鈴1土師器10C代第16号住居跡
4山元(3)遺跡南津軽郡浪岡町
大字杉沢字山元
竪穴住居跡
床面
土玉土師器10C前半 
竪穴住居跡
床面
石玉1土師器10C前半
竪穴住居跡
床面
石玉1土師器10C前半
5李平下安原遺跡南津軽郡尾上町
大字李平字下安原
竪穴住居跡
床面
土製勾玉1土師器9C初頭第100号住居跡
竪穴住居跡
覆土
土製勾玉1第50号住居跡
竪穴住居跡
覆土
石製勾玉1第139号住居跡
6独狐遺跡弘前市大字独狐字独狐森遺構外石製勾玉1
7堀合Ⅲ号遺跡南津軽郡平賀町大字唐竹字堀合遺構外土製勾玉1
8大光寺
新城跡遺跡
南津軽郡平賀町
大字大光寺字三村井
遺構外石製勾玉1
9永野遺跡南津軽郡碇ヶ関村字永野竪穴住居跡
覆土
土製勾玉110C代第13号住居跡
 
番号遺跡名所在地出土遺構祭祀関連遺物伴出遺物時期備考
10山本遺跡南津軽郡浪岡町
大字徳才子字山本
竪穴住居跡
覆土
土玉1第2号住居跡
11細越遺跡青森市大字細越字種元溝跡堆積土斎串110C前半第1号溝
溝跡堆積土斎串110C前半第4号溝
12蛍沢遺跡青森市大字駒込字蛍沢竪穴住居跡
覆土
石製勾玉1第53号住居跡
13石上神社遺跡西津軽郡木造町
大字蓮川字玉田
溝跡堆積土斎串210C代第29号住居跡
14発茶沢(1)遺跡上北郡六ヶ所村
大字鷹架字発茶沢
竪穴住居跡
床面
土玉1土師器10C中葉第201号住辰跡
15上尾駮(1)遺跡上北郡六ヶ所村
大字尾駮字上尾駮
竪穴住居跡
床面
土玉2
土製勾玉1
土師器10C前半第6号住居跡
竪穴住居跡
床面
カマド
土玉2
 
土玉1

土師器

10C中葉

第17号住居跡
16中野平遺跡上北郡下田町字中野平竪穴住居跡
床面
土玉1土師器・砥石9C中葉~後葉第9号住居跡
竪穴住居跡
覆土
土玉2第13号住居跡
竪穴住居跡
床面
土製勾玉1土師器8C後半第14号住居跡
竪穴住居跡
覆土
土玉1第16号住居跡
竪穴住居跡
覆土
土玉1第24号住居跡
竪穴住居跡
覆土
土玉1第28号住居跡
竪穴住居跡
床面
上製勾玉1土師器9C前半第34号住居跡
17熊野堂遺跡八戸市大字売市字熊野堂土壙覆土土玉1第157号土壙
18向山(4)遺跡上北郡下田町字向山遺物廃棄
ブロック
土玉1土師器8C前半
 
番号遺跡名所在地出土遺構祭祀関連遺物伴出遺物時期備考
19鶉窪遺跡八戸市大字田茂木字鶉窪竪穴住居跡
床面
土製勾玉1土師器8C中葉~後葉第2号住居跡
カマド燃焼部土製小玉1
20田面木遺跡八戸市
大字田茂木字外久保
竪穴住居跡
床面
土製勾玉1
土玉1
土師器・砥石土製紡錘車8C中葉~後葉第1号住居跡
21赤御堂遺跡八戸市
大字十日市字赤御堂
竪穴住居跡
床面
土製勾玉1土師器7C後葉~8C前葉第5号住居跡
22田面木平(1)遺跡八戸市
大字田茂木字田茂木平
竪穴住居跡
床面
水晶製切子玉土師器
須恵器
7C後半~8C初頭第48号住居跡
竪穴住居跡
床面
石玉1
土玉1
土師器7C後半~8C初頭第56号住居跡
竪穴住居跡
床面
土玉1土師器7C後半~8C初頭第58号住居跡
竪穴住居跡
床面
土玉1土師器・砥石7C後半~8C初頭第60号住居跡
竪穴住居跡
床面
ガラス玉1土師器7C後半~8C初頭第63号住居跡
23史跡根城跡八戸市大字根城字東構竪穴住居跡
床面
土製勾玉1土師器
須恵器
7C後葉~8C前葉第95号住居跡
24塩入遺跡八戸市大字新井田字塩入土玉2採集遺物
25蓬田大館遺跡東津軽郡蓬田村大字蓬田鉄鈴1土師器・擦文土器11C
26羽黒平遺跡南津軽郡浪岡町
大字五本松字羽黒平
鉄鈴1
鉄鈴1
土師器
土師器
10C
10C
27高館遺跡黒石市大字高館鉄鈴1
鉄鈴1
土師器
土師器
11C
11C
28砂沢平遺跡南津軽郡大鰐町
大字長峰字砂沢平
鉄鈴1
鉄鈴1
鉄鈴1
11C
11C
11C
29古館遺跡南津軽郡碇ヶ関村大字古館鉄鈴1
鉄鈴1
11C
11C
30山元(2)遺跡南津軽郡浪岡町
大字杉沢字山元
土鈴1
土鈴1
10C
10C

〔土馬〕 土馬は岩ノ沢平遺跡(八戸市)・甲里見(2)遺跡(黒石市)からそれぞれ1点ずつ出土している。岩ノ沢平遺跡のものは鞍付きの飾馬で、鞍の後輪部が欠損するのみで、ほぼ完形品である。全体に形状が整っており、長さは10.2cmである。第12号竪穴住居跡の堆積土中からの出土であるが、同層、あるいは竪穴出土の土師器は概ね9世紀前半のもので、土馬もこの時期が想定される。
 甲里見(2)遺跡のものは、首から上の頸部だけのため、裸馬かどうかは不明であるが、耳・目・鬣(たてがみ)が明確に表され、頭長は3.8cmある。竪穴住居のカマド内からの出土で、ほかに土製勾玉1点も出土している。また、本住居床面からは土師器・須恵器のほかに4点の手捏ね土器も出土しており、その特殊性が看取される。本住居は他の伴出遺物から9世紀前半期が想定される。
 土馬は、馬形土器製品あるいは土製馬とも称されるもので、奈良県の平城京をはじめとして、律令時代の官衙に関する遺跡の井戸や溝から多く発見されている。このため、井戸祭祀、河川祭祀、あるいは祈雨祭祀など、いずれも水霊に関わる祭祀の性格を持つ道具とされている。また、神社や葬制、あるいは峠神祭祀説などもある。いずれにしても、律令体制下の社会、中でも畿内を中心とした地域に分布密度が高く、東北地方全体では数える程度の出土例しかない。本県では2例にすぎないが、この時期(9世紀前葉期)には、既に律令体制社会の中で行われていた祭祀様式が積極的に取り入れられていたことを示す遺物として注目される。

図108 古代の祭祀遺物(土馬・斎串・土鈴)

〔鈴〕 鈴には土鈴と鉄鈴があり、県内出土の遺物は表8のように、津軽地方に集中する。鈴は古くから神社とかかわりを持つ道具であるが、馬鈴のように馬の装飾としても用いられている。しかし、鈴の中でも土製のものは祭祀にかかわる遺物であろう。

図110 古代の鉄鈴

〔斎串〕 斎串は2遺跡で2点ずつ計4点が出土している。細越遺跡(青森市)では9世紀末~10世紀前半期の水路跡から出土し、家屋材等の多量の木製品と土師器を伴出している。1点は傾斜の緩い山形頭部を形成したもので、長さが34.2cmある。他は、頭部の形状がやや異なるものの中央部の抉(えぐ)り込みや板の厚さ等はほぼ類似する。
 石上神社遺跡(木造町)は、10世紀前半代に中心をおく集落遺跡である。1点は鋭角な山形頭と、左右対称の4対の抉り込みを持った幅広の斎串である。全体の形状は卒塔婆に似ている。他は頭部にかすかな3対の抉り込み加工した細形のもので、先端はとがっている。
 これらは大小の用排水路からの出土であり、水霊信仰との関連も考えられるが、家屋材等も伴出していることから即断できない。
〔勾玉〕 土製・石製があるが、土製勾玉が圧倒的に多く9遺跡11点であるのに対し、石製は3遺跡3点にすぎない。これらの多くは、竪穴住居床面や堆積土中のものである。また時期的には7世紀後半から10世紀代まで継続する。

図109 古代の祭祀遺物(土玉・土製勾玉)

〔小玉〕 小玉は13遺跡で合計31点出土している。内訳は土玉22点、石製小玉3点、ガラス製小玉3点、琥珀製平玉3点で、土玉が圧倒的に多い。竪穴住居跡の床面、堆積土中のものがほとんどであるが、鶉窪遺跡や上尾駮(1)遺跡のようにカマド内からのものもある。また、土玉の場合は1住居内から1点~2点の出土でまとまった状況は示していない。時期的には土製勾玉と同様、7世紀後半から10世紀まで継続する。
 律令期を通して祭祀遺物はあるが、出土状況等からはその主体となる各種玉類についての性格が明らかではない。ただ、カマド内や床面からの1~2個出土したものからはカマド神に関する信仰や、竪穴廃棄時の祭祀行為が想定されなくもない。
 本県での2体の土馬の出土は特筆される。これらはいずれも集落遺跡であり、甲里見(2)遺跡の場合はほかに土製勾玉・手捏ね土器を伴っており、集落内での祭祀を司る者の住居跡であろう。土馬は、律令祭祀の代表的遺物とされることから、律令国家の外と認識されていた青森県での出土は、明らかにこの種の祭祀が本県でも行われていたことを示すものである。律令体制の浸透度を考える上では意義深い遺物と言える。また、この土馬の時期は9世紀前半期であり、本県での大きな変革期にも当たっている。一方、律令期の代表的な宗教文化である仏教文化については、寺院の痕跡は確認されていない。わずかに、墨書土器や刻書土器に見られる10世紀前半期の「寺」(青森市細越遺跡・木造町石上神社遺跡)や「大佛」(平賀町鳥海山遺跡)などの文字資料からうかがうことができるだけである。