弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

資料編1(考古編)

新編弘前市史 資料編1(考古編)

第3章 古代

第3節 飛鳥・奈良・平安時代

3.古代の生産活動と生活用具

(1)農業生産物と農具

 飛鳥・奈良・平安時代を通じて、生業の基本は農業生産にあることが、これまでの調査で明らかにされている。水田や畑といった具体的な遺構は検出されていないが、生産物そのものが各遺跡で出土しており、農業生産の実態が明らかになりつつある。これまで出土している農業生産物は、米(玄米・精米・籾)のほか、小麦・大麦・大豆・小豆・稗・粟・キビなどの雑穀類、あるいは大麻・ヒョウタン・スモモ・シソ・アブラナ類などがある。これらはいずれも栽培種であり、また採集植物種子としてトチ・ミズナラ・クルミ・クマザサの実などもあり、内容的には近世・近代のそれと基本的な変化がない。
〔米〕 米の津軽地方でのこの時期の出土例は、中崎館(弘前市)・荼毘館(だびだて)(弘前市)・石上神社(木造町)・李平下安原(尾上町)・築木館(青森市)・蛍沢(青森市)・内真部(青森市)・小館(青森市)・三内(青森市)・細越館(青森市)・高館(黒石市)・古館(碇ヶ関村)などの遺跡からであり、時期的には9世紀~12世紀の平安時代全体を通じて出土している。
 また、県内全域に視点を広げた場合は、7世紀代の田面木(八戸市)・8世紀代の向山(4)(下田町)・8世紀~9世紀の中野平(下田町)・10世紀~11世紀の内蛇沢蝦夷館(東北町)・発茶沢(六ヶ所村)などがある。このほか、米そのものではないが、土器製作の段階で稲籾が付着した籾圧痕土器は、荼毘館(弘前市)遺跡をはじめとして津軽地方を中心に約30遺跡が確認されている。このような、米の関連遺物を含む出土米の全調査遺跡に占める割合を見ると、米の生産は県内のほぼ全域で普遍的に行われ、しかも全農業生産物に占める割合も高く、米作の比重は相当高かったものと考えられる。なお、これらの出土米は、普通炭化した状況で検出されるが、発掘調査中に直接検出される場合と、フローテーション法(浮遊水洗選別法)によって間接的に検出される場合がある。これらのうち数遺跡の出土米について、浪岡実によって表2のように分析がなされ、注目される結果が得られているが要約すると次のようになる。
①荼毘館遺跡(11世紀代)の出土米はいずれも短粒に属し、日本稲と見られ、粒の大きさは小~極小粒が中心である。また、弥生時代中期の垂柳遺跡出土米と比較すると、垂柳出土米に見られなかった中粒が10%含まれることや、粒長5.0mm以上の粒が多いことなどから、粒大の変化が見られる。
②中崎館遺跡(12世紀後半代)の出土米はバラツキが小さく、特に粒形が揃っており、かなり純度の高い栽培種であることがうかがわれる。また、近接する荼毘館遺跡(11世紀代)や李平下安原遺跡(9世紀代)と比較すると、粒長・粒形・粒大において、李平下安原遺跡とは明らかに異なり、荼毘館遺跡出土米と同系統の種類ではないかと見られる。
③李平下安原遺跡(9世紀代)の出土米は、米粒が荼毘館遺跡出土米と比較して1割以上長く、そのため粒の大きさも荼毘館遺跡出土米より大きくなっている。李平下安原遺跡出土米は、現在の主力品種であるアキヒカリ(やや小粒種)の玄米に近い数値を示す。
表2 青森県内遺跡出土米の計測一覧
出土遺跡測定粒数
(粒)
粒長
(mm)
粒幅
(mm)
粒厚
(mm)
粒長/粒幅粒長×粒幅時代
中崎館(弘前市)1004.822.821.911.7113.6012世紀
荼毘館(弘前市)2004.762.932.001.6313.9411世紀
李平下安原(尾上町)1005.202.881.941.8015.019世紀
発茶沢Ⅰ(B)(六ヶ所村)904.472.661.811.6811.9110世紀
杢沢(鰺ヶ沢町)504.302.431.751.7710.4810世紀
蛍沢(青森市)3484.612.881.991.6013.279世紀
黒石アキヒカリ1005.192.912.081.7815.15現代
浪岡実による分析結果(※261・262・275による)

〔米以外の栽培植物〕 米以外の雑穀類が検出されている津軽地方の遺跡には、古館遺跡(11世紀…稗・粟・小麦・大麦・大豆)、李平下安原遺跡(9世紀…大麻・スモモ)、高館遺跡(11世紀…小麦・小豆・ヒョウタン)、石上神社遺跡(10世紀…稗)、三内遺跡(10世紀…粟)、近野遺跡(9世紀…粟)杉ノ沢遺跡(10世紀…小麦)などがある。なお、前述の7世紀代の田面木平遺跡では、粟・シソ・アブラナ類も出土している。このような雑穀類は、常食としての米に代わり得るもので、天候に大きく左右されやすい米作の不安定さを補うための栽培作物だったと考えられる。