弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

資料編1(考古編)

新編弘前市史 資料編1(考古編)

第2章 旧石器・縄文・弥生

第4節 住居と集落

 旧石器時代でも特に後期旧石器時代には、洞穴が住居として多く使用された。その生活の跡は、フランス・スペインなどの石灰岩地帯に多数発見され、当該時代の文化を知る資料を提供している。一方、我が国でも同様な遺跡が注目されるようになり、旧石器時代並びに縄文時代草創期の項で述べたように、九州・四国・中部山岳地帯・山形県などの地域で調査が行われ、大きな成果が上がっている。しかし、この時代の洞穴遺跡は少なく、洞穴を中心とした文化のエポックを画する段階に至っていない。
 青森県における旧石器時代の住居跡として明白なものは未発見であるが、蟹田町の大平山元Ⅱ遺跡において3地点(ユニット2~4)から礫群が発見された。しかもそれらの礫の中には焼けた痕跡を有するものもあり、特にユニット4とした礫群は、60個ほどの焼けた礫が方形に配列していたと言われる*163。恐らく炉跡であったろう。残念ながら住居としての範囲はとらえられていないが、多数の石器及び接合可能な剥片等も出土しており、この場所で生活が営まれていたものと考えられる。昭和61年(1986)2月に、大阪府藤井寺市藤ヶ丘のはさみ山遺跡で円形に配列された柱穴が発見され、出土した石器から、この住居は国府型ナイフを使用していた人々の住居であったといわれている*164