弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編5(近・現代2)

新編弘前市史 通史編5(近・現代2)

第七章 都市計画と市民生活基盤の整備

第四節 観都市をめざして

三 観都市実現への熱意

市町村合併前後、地弘前の名声は徐々に高まってきていた。現に修学旅行生が毎年弘前に来るようになり、「もはや戦後ではない」雰囲気は、日本国民全体の熱の高まりからも明らかとなった。戦後の弘前は学都弘前で出発し、都市弘前としての発展を目指し諸事業に着手する。文化財保護の試み、広報活動の展開、イベントの重視などは、その一環である。だが肝心の受け入れ態勢はどうだったのだろうか。
 現実的には弘前市当局や市民が、都市の実現に向けて積極的な事業を推進していたとは言いがたい。の受け入れ態勢については、市当局も市民もまだ不十分だった。とくに市の玄関口である駅前案内所がないことは、都市として致命的な欠陥であった。『陸奥新報』の社説でも「地としての受入態勢を整え、多くの外来客を誘致して、市経済の伸張と市勢の振興に役立たせなければならぬということは市是としてもよいほどになっている」と主張し、できるだけ市費をかけ機構整備をする必要性があると説いている。昭和二十九年(一九五四)段階で、市には独立した課もなく受け入れ対策も確立されていなかったのである。
 合併前の弘前市の政策は、まだまだ確立されていない段階だった。外来からもあまり印象がよくなかった。第一に道路が悪く街が汚ない。史跡名勝地の手洗所設備が不十分で不潔。土産物も質が悪く値段が高い。加えて駅前に案内所がなくてしづらいなど、さまざまな否定的意見が上がっていた。地態勢が不備であったことは、市当局も認めざるを得なかった。総じて合併前の弘前市は、市当局や市民の受け入れ態勢がまだまだ不十分だったのである。

写真229 弘前市案内所馬車(昭和33年)