弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編5(近・現代2)

新編弘前市史 通史編5(近・現代2)

第六章 現代の弘前

第五節 教育の整備拡充

三 高等学校の推移

(一)昭和後期の中等教育

昭和三十二年(一九五七)、弘南電鉄南弘前駅の近くに、弘前電波高校の前身たる弘前高等電波学校が開設された。通信科と技術科があり、設立者は当時大鰐町で土建業を営んでいた片山清一であった。あたかもこのころからテレビが普及し始め、それに伴って電波関係の技術者が求められるようになっていた。八戸市にもすでに電波学校が設立されていたので、いわば時代の要請であった。
 設立当初の電波学校校舎は、元倉庫であった建物を改造したもので、小規模な学校としてスタートした。四十三年、弘前高校を退職したばかりの庄司初郎を校長に迎えた。これが高等学校昇格のための布石となって、翌年には高校設置の基準に達したと認められ、電子科四クラスの学校法人弘前電波高等学校として認可された。初代校長は庄司初郎である。
 校地の拡張は周囲のりんご園を買い取って進められた。四十四年(一九六九)四月、晴れて電波高校としての第一回入学式が行われ、一二〇人の新入生を迎えた。なお、高校設置に伴い、各種学校としての電波学校の方はこの年から新入生を募集せず、四十六年、最後の卒業生を送り出して廃校とした。