弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編4(近・現代1)

新編弘前市史 通史編4(近・現代1)

第3章 大正期の弘前

第一節 大正デモクラシーと弘前市

一 第一次護憲運動と弘前

市会では、九月十八日、反菊池市長派の市会議員佐藤英司野村忠兵衛、井上皓ら一二人が臨時市会開催を要求し、市制第四五条に基づく市政の調査委員会を成立させた。菊池市長は八月十五日病気のため退職しており、弘前市政刷新会伊東重が十月二十三日から第八代市長に就任する空白期間中の出来事で、政友会の重鎮佐田正之丞が助役兼市長代理だった。この動きの中心になった井上らは、小山内鉄弥を担いで市長選挙に敗れた旧弘城政社小山勝次郎派であった。その後、この党派は、市会において執拗に青森市にある県立女子師範学校を弘前へ誘致する問題で菊池市長を攻撃していた。女子師範学校の弘前移転が不可能なのは自明の理と言われていた。したがって、この問題を論じた市会議事録を見ると、県下の大局を見失っており、感情的な党派根性がむき出しで、北鎮十万石の城下の市会議員の識見や品格を疑われるようなものが多く見られた。

写真140 弘前市会議員
(大正6年6月市役所玄関前で)

 そして、ついに大正二年九月十八日の市会で、一四対一三の多数決で市制第四五条による市政の調査を決定、佐藤英司議長(自治派)指名で中立派の二人、反菊池・佐田派六人の八人委員会が組織され、反佐田助役に凝り固まった井上皓が中心となって、市役所の諸帳簿、書類を検査、「菊池市長の俸給過誤払ノ件」、「渡鮮軍隊寄贈新聞ノ件」、「消防刺子外六点購入ノ件」、「諸帳簿不整理ノ件」、「貞昌寺杉立木伐採ノ件」など一五項目について事細かに調査し、責任を明らかにして適当な処置をとるよう意見書を作成した。
 この調査報告書をそのまま市会として承認し、意見書を市理事者に提出するかどうかでついに乱闘事件が起きた。その経過を十月二十四日の会議録でたどってみる。
二十四番 柾木卯太郎君 報告書中ニアル件ナド果シテ此ノ通リトスレバ刑事上ノ問題ニ亙(わた)ルヘキモノナレバ兎ニ角一応理事者ノ弁明ヲ聞キシ上ニテ意見書ナリ何ナリ提出スルカ順序ナリト思フ

二十一番 井上皓君 理事者ガ此ノ上尚ホ弁明スルトイフナラハ夫レハ勝手ナリ 然レトモ本会ハ本会トシテ意見書ヲ提出スルモ一向差支ヘナカラスヤト信ス

     (この後柾木卯太郎古田昌三郎石郷岡文吉などの意見が述べられる。)

二十二番 佐藤要一君 委員諸君ハ口ヲ開ケハ市政ノ刷新ヲ云々シ居ルガ此ノ如キモ本調査委員ノ選定モ初メヨリ党派ニ偏シ居ルニアラスヤ 国会ナトニ於ケル各種ノ委員選定ヲ見ヨ 又タ無記名単記投票制ハ何ノ為メゾ ソレモ理事者ニ於テ弁明ノ余地ナシト自白服罪シ居ルナラハ兎ニ角充分弁明スヘシトイヒ居ルニアラスヤ 然ルヲ控訴上告モ許サス直ニ有罪ノ判決ヲ下サントスルカ如キハ大不賛成ナリ

二十一番 井上皓君 二十二番ノ議論ハ甚タ………

    (此ノ時二十二番ハ突然二十一番ニ打ッテカカリ暫時挌闘(かくとう)ス)

二十一番 井上皓君 議長々々………

    (此ノ時二十二番ハ再ヒ二十一番ニ打ッテカカリ暫時挌闘アリ)

議長佐藤英司君 暫時休会ス

    (時ニ午前十一時十分)

議長佐藤英司君 閉会ス 本日ハ之ニテ散会ス 次回ノ開会日時ハ改メテ通知スヘシ

    (時ニ午前十一時二十分)