弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編4(近・現代1)

新編弘前市史 通史編4(近・現代1)

第2章 明治後期の弘前

第五節 教育の発展と充実

三 幼稚園教育

若葉幼稚園設立とほとんど同時に、明治三十九年(一九〇六)七月一日私立養生幼稚園が創設された。設立者伊東重は医学士で、弘前市長や衆議院議員を務めたが、以前から養生哲学を提唱し、養生会を設置して独得の社会教育を実践していた。
 伊東は明治三十年から幼稚園の設置を主張していたが、隣家の伊東進邸を併せて養生幼稚園を開園した。場所は元長町現在地である。伊東は設立に際して「私立養生幼稚園主意書」を配布し、その意図するところや保育方針を明らかにした。すなわち養生幼稚園は伊東の唱えた養生主義にのっとり、体育に重点を置いて保育を行うもので、幼稚園規則第二条にも「本園は養生の主義に従ひ専ら幼児の強健を計り善良なる慣習を与え将来強壮な身体と高尚なる人格を造るを目的とする」とあり、第三条に「本園に医師若干名を置き幼児の健康状態を監督せしむ」とあって、健康保育に万全を期した。また家庭の都合によって、時間外の保育を奉仕的に行うことにした。同園の定員は六〇人、満三年以上学齢に達するまでの幼児を保育し、保育料は毎月三〇銭である。その経営は財団法人養生会が当たり、初代園長は対馬定紀である。