弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編4(近・現代1)

新編弘前市史 通史編4(近・現代1)

第2章 明治後期の弘前

第一節 弘前市の誕生

五 弘前政党人の活躍

明治四十三年十二月二十日、弘城政社小山勝次郎派は、石郷岡代議士不在を見越して臨時総会を開き、左の決議をした。
 一、弘前市長候補は小山内鉄弥氏の再選を期す
 一、次期代議士候補は小山勝次郎氏に決定すること
 この決議は一方的な現職代議士下ろしとみられ、県政を国政の主流に変えようと考えていた竹内清明加藤宇兵衛国民党南郡分所の猛批判を浴びた。その文言に「統一なきの党は党として何らの価値なく」と弘城政社の存在意義すら疑問視する言句まであった。これに対し、小山派は、この決定は自由意思の発動で、同志も慎重に決定したことで、決定は「動かざること山の如くに候」と突っぱねた。
 石郷岡代議士一派は、明治四十四年一月、市政刷新を掲げて革新同志会を結成したため、弘城政社は分裂した。この混乱を見て、第三勢力の市政刷新会も誕生した。三派のメンバーは次のとおりである。
 ◇市政刷新会

 ◇革新同志会

 ◇弘城政社

 三月二十三日、市会で弘前市長選挙が行われた。革新同志会市政刷新会は、引退して東京にいた菊池九郎を立てたため、弘城政社小山内鉄弥は一四対一二で敗れ、この敗北によって弘城政社は解散した。
 五月三日の市会で、菊池九郎は次のような就任演説をした。
今回私ハ誤ッテ諸君ノ御推薦ニ預リ市長就任ノ裁可ヲ得タルハ感謝ニ堪ヘズ 御承知ノ通リ私ハ老体ニテ事務ノ経験ニ乏シク或ハ諸君ノ御望ニ副フコト能ハザルヤヲ思ヘバ実ニ恐懼(く)ニ堪ヘザルナリ 然レドモ市ノ現状ニ鑑ミ公人トシテ将タ市長トシテノ職務ハ政党政派ニ関係セズ極メテ公平ニ公私ノ分ヲ明ラカニシ誠意誠心将来ノ事務ニ尽瘁(すい)スル考ナリ 而シテ市政刷新ヲ計リ市ノ面目ヲ改メントスルニハ偏ニ諸君ノ監督ニ依ラザルベカラズ 当局者ニ於テモ市ノ与論傾キタルトキハ御忠告ナリ御警告ナリヲ下サレバ相当ノ処置ヲ取ル考ナリ鳥渡(ちょっと)御挨拶マデ一言ス