弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編2(近世1)

新編弘前市史 通史編2(近世1)

第4章 幕藩体制の動揺と民衆

第一節 藩体制の動揺

三 乳井貢の登用と宝暦改革

(三)改革の諸政策とその展開

御調方役所の設置によって、勘定所を中心にではあるが、諸役所のこれまでの在り方が調査され、綱紀の粛正につながっていった。宝暦三年十月には勘定所役人の勤め方について次のような申し渡しがあった。近年、勘定所の人不足が申し立てられているが、それは自分の私的な所用に時間を割いているからである。今後自分の仕事をこなせない者については御役御免を願い出るように、というものであった(同前No.八九八)。さらに同年十一月八日には検見(けみ)役人への賄賂について(同前No.八九九)、翌四年閏二月五日には代官と台所役人の勤め方について(同前No.九〇四)、厳しく申し付けている。検見役人については、各組々や村々が、土産などと称して木綿・干物・煙草に金子(きんす)を添えた賄賂を贈り、検見役人もこれを受け取っている悪弊が横行している。これまでも禁じているところではあるが、今後賄賂の行為がなされた場合は検見役人に報告させ、その村の庄屋死罪とする、というものである。代官と台所役人については、その勤め方がはなはだ緩んでおり、ただその日のことのみにかかわり、その職務の全体を見失っている。また、その支配の者の扱いも人情に流され、全体の締まり方も崩れている。このため、以後そのようなことがあれば早速申し出るようにと、勘定奉行と台所頭へ申し付けている。
 このような役人の綱紀粛正とともに、日常の生活についての質素・倹約に関する申し渡しも厳しく通達された。宝暦四年一月、在方における衣食住の華美と質屋・酒屋以外の商売を禁止し(同前No.九〇二)、同年十二月十八日には主として家中の質素倹約・貸借の在り方・諸上納方についての大目付触が出されている(同前No.九二一)。藩士のこれまでの借用を藩が整理したのを前提として(同前No.九〇〇)、つまり藩士には借金はないのであるから、今後は常に質素を守り、支出を省き、各自の収入に応じた生活を旨とせよとしたのである。
 綱紀粛正・風俗矯正・倹約奨励などは、この時期に限って出されたものではなく、また単独でそれのみを禁じたものでもない。表面上は大きな違いはみられないのであるが、いずれも各時期の経済状況や他の主要な政策との関連で出されてくるものである。宝暦改革におけるこれらの措置は、次に述べる経済政策・農村政策の実施に当たって、特に引き締めておかねばならない事項(勘定方検見方・土地把握・商売規制・貸借関係等)が対象となっていたといえよう。
 このほか、藩体制の弛緩や動揺に対処するため、藩は、宝暦六年(一七五六)六月、藩主がこれまで歴代にわたって出してきたすべての法令を新たに編集する取り組みを始めた(同前No.九三四)。いわゆる司法制度の整備であるが、これが基礎となって、後に藩最初の刑法典「安永律(あんえいりつ)」が安永四年(一七七五)に完成する。法令の点検や編集が行われるということは、その時期の状況が、単発の法令で対処できない状況になっていることや、これまでのものでは該当しないような事例が生じているということであり、極めて重要な政策といえる。この点については本章第三節五で詳しく触れる。