弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編2(近世1)

新編弘前市史 通史編2(近世1)

第1章 統一政権と北奥の動向

第二節 天正十八年の奥羽日の本仕置と北奥

二 領知安堵と太閤蔵入地の設定

豊臣政権による検地が実施されようとしたころ、天正十八年(一五九〇)七月二十七日に陸奥南部信直南部七郡安堵する朱印状が(資料近世1No.一七)、翌二十八日には出羽の戸沢光盛にも領知安堵朱印状が下された。南部・沢の両氏の領知は、奥羽地域の中間域にあり、これにより自動的に隣接諸大名の領域も定まることになり、諸大名の領域の確定化を促進したという意味を持っているといえよう(長谷川成一『近世国家東北大名』一九八九年 吉川弘文館刊、なお、以下は特に断らないかぎり本書による)。
 さて、天正十八年八月十二日、奥羽両国に検地条目が出され(資料近世1No.二四)、九月末にかけて検地が実施された。十二月から翌年一月にかけて、出羽の大小名はこぞって上洛し、検地の成果による領地朱印状が下された。一方、陸奥では、検地の後に起きた葛西・大崎一揆和賀・稗貫一揆の影響で、上洛は果たせなかったようであり、奥羽両国の大名に一斉に領知宛行(あてがい)の朱印状が下されたわけではなかったようである。
 津軽氏の場合、天正十八年(一五九〇)十二月に前田利家に伴われて妻子とともに上洛を果たしており(資料近世1No.二七)、おそらく、この時に領地が宛行(あてが)われたものと思われるが、津軽氏への領知宛行朱印状の存在は確認されていない。そして、境を接する南部氏についても同じである。津軽氏の場合、天正十九年六月二十日付で、九戸一揆に対する出陣の催促の朱印状が下されていることから(同前No.三三)、この時までには津軽氏への領知の宛行は決定しており、それをもとにして九戸一揆軍役が課せられたものと思われる(長谷川成一「文禄・慶長期津軽氏の復元的考察」同編『津軽藩の基礎的研究』一九八四年 国書刊行会刊)。さらに、天正十九年十月を徴収期限として、諸国御前帳(ごぜんちょう)(秀吉が禁中に献納するとして徴収し、国郡別に石高が記載されている)の徴収が指示されている。この諸国御前帳は、翌年の朝鮮への出陣と連動し、九月以降の軍役量の基礎となっているものであるという。津軽・南部両氏は「肥前名護屋在陣衆」の一員として動員されているので、両氏の知行石高は、少なくとも天正十九年十月までには決定されていたものとみることができる。
 では、津軽氏石高はどのくらいであったのであろうか。表1によると、津軽氏石高は、三万石もしくは三万四〇〇〇石とされている。奥羽大名朝鮮出兵の際の軍役は、およそ二〇〇石につき一人(渡海人数はその半分の四〇〇石につき一人)であった。これは、「遠国(おんごく)」に対しては、軍役の人数の軽減・その期間の短縮が初めから意図されていたことによるものであったからという(藤木久志「中世奥羽の終末」小林清治他編『中世奥羽の世界』一九七八年 東大学出版会刊)。この時、津軽氏軍役は一五〇人とあり(資料近世1No.四七)、それにより判断すると、石高は三万石ということになる。
表1 北奥羽大名領知(万石以上)
史   料   名南部氏津軽氏秋田氏小野寺氏戸沢氏
万  万  万  万  
A 天正年中大名帳113,40005   3   4   
B 慶長4年諸侯分限帳103   19   4   
C 太閤秀吉公時代諸大名分限帳103   5   3   3   
D 太閤御時代一万石以上之分限帳113   5   3   3   
E 慶長3年大名帳113   5   3   3   
F 伏見普請役之帳103   5   3   3   
G 秀吉朱印状(天正19年)5,24403,16004,4350

 表2は、慶長元年(一五九六)から慶長四年までの伏見作事板の割り当てを示したものである。作事板と石高との関係は、慶長元年は約三〇〇石に板一間という比率となり、翌二年以降は、約二〇〇石に一間となっている。津軽氏への割り当ては、小野寺氏の割り当て量とほぼ一致していることがわかる。小野寺氏石高は、天正十九年(一五九一)一月に三万一六〇〇石と定められている。先にみたように、津軽氏石高小野寺氏と同じようになっているので、およそ三万石程度であったことをうかがわせる。慶長四年を例にしてみると、両者には五間の相違があり、これを石高に置き換えると一〇〇〇石(五間×二〇〇石)となり、津軽氏石高は、表1で得られたものに近似してくることになる。ここから、津軽氏領知は、約三万石であったと考えられる(小野寺氏より若干少ない程度)。
表2 伏見作事板の割り当て(慶長元~同4年)
大名(朱印)慶長元年分慶長2年分慶長3年分慶長4年分
秋田氏(52,440)225350350350
津軽氏90145145140
仁賀保氏( 3,715)10303030
赤宇津氏( 4,500)11333333
滝沢氏( 2,800)7212121
内越氏( 1,250)4121212
六郷氏( 4,518)11333333
岩屋氏(  891)2666
小野寺氏(31,600)90145145145
戸沢氏(44,350)100160160160
本堂氏( 8,983)22666666