弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編1(古代・中世)

新編弘前市史 通史編1(古代・中世)

第5章 中世後期

第四節 戦国津軽とその終焉

五 戦国動乱の激化と城館群

(五)発掘調査から見た遺跡

寺新城跡(写真217)は南津軽郡平賀町字三村井に所在する。平賀町の中心街から北西におよそ一キロメートルのところに位置している。平地の微高地に築城され、六羽川を西方の守りとしている。

写真217 寺城跡空撮

 寺新城跡の発掘調査は昭和六十三年(一九八八)から土地開発に伴い、堀跡部分を中心として行われ、平成八年度(一九九六)には土橋状の通路(写真218)が検出された。この土橋は意識的に屈曲させられたもので、幅一・五メートルほどで作り方は極めて実戦的と思われる。また土橋を補強するように土橋の両脇には土留め用の杭などが打ち込まれ、福村城跡と同じような造作の門柱なども検出された。

写真218 寺新城跡検出の土橋

 出土遺物は武器・武具関係が多く、武器としては鉄鏃(蕪(かぶら)矢、尖根(とがりね)式・鑿根(のみね)式)や、太刀・刀子といったものが多数出土している。蕪矢は開戦を知らせる合図で、真中に穴が開いているのが特徴である。この穴が風の抵抗を受けて音を発する。また太刀は先端部分の欠損品が多い。このことは実際に使用されたことを物語っている。武具では鎧(よろい)の部品である小札(こざね)が多く出土している。また、堀跡の中からは人の頭骨や動物の骨なども出土している。頭の骨は首から刃物によって切られた痕跡をとどめているものもある。このように寺新城跡の調査成果をみただけでも、壮絶な激戦のようすが浮かびあがってくるのである。
 一方、出土する遺物の中にはたとえば建物に使われた釘をはじめ、火打ち金・鉄鍋・鍋の弦・ハサミなどの城館内で使われた生活道具も出土する。とくにこの寺新城は出土品が多い(図80)。そのことはそれらのものを持って行けない状況下にあったことを示しているのであろうか。本来、堀などは有事の際に備えて綺麗に整備されているというのが常識であるが、城新城跡をみる限りにおいてはそのようなことがあてはまらないような気がする。

図80 寺新城跡出土の遺物