弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編1(自然・原始)

新編弘前市史 通史編1(自然・原始)

第2章 津軽の原始時代

第三節 縄文時代

二 祭祀に特色を示す十腰内土器文化

 縄文中期もその後半に入って南の大木式土器が北部に達し、次の後期には関東地方南部の称名寺(しょうみょうじ)式(横浜市金沢区の称名寺貝塚出土土器を標式とする)(62)に後続して堀之内(ほりのうち)式(千葉県市川市の堀之内貝塚出土土器を標式とする)(63)・加曽利(かそり)B式(千葉市加曽利貝塚出土土器を標式とする)(64)土器が後を追って北上し、東北南部へ入って門前(もんぜん)式(岩手県陸前高田市の門前貝塚出土土器を標式とする)(65)・南境(みなみさかい)式(宮城県河北町(かほくちょう)の南境貝塚出土土器を標式とする)(66)・宮戸(みやど)1b式(宮城県鳴瀬(なるせ)町の宮戸島にある里浜(さとはま)貝塚出土土器を標式とする)(67)土器に影響を与え、さらに北上して青森県に入り、弘前市の新カメコ山と称する十腰内(とこしない)遺跡(正確な所在は十腰内字猿沢(さるさわ)であり、十面沢(とつらざわ)字轡(くつわ)と境界を接する)の出土土器を標式として設定された十腰内式土器(Ⅰ~Ⅵ群〈式〉に分類されている)を生じ(68)、さらに海を越えて北海道に上陸し、内浦湾に面する虻田町(あぶたちょう)の入江(いりえ)式土器(虻田町入江貝塚出土土器を標式とする)(69)を誕生させている。
 東北北部に広い分布をみせる十腰内式土器(三二七~三三二頁)は、沈線(ちんせん)で描かれた入組(いりくみ)・山形・同心円などの文様を主体とするⅠ群(式)土器、器面に疣(いぼ)状の小突起のある十腰内Ⅴ群(式)など特徴的な文様をもつ土器が多く、器面に磨きをかけ光滑を有するもの、施された縄文の上を軽く擦って縄目文様を潰した磨消縄文(すりけしじょうもん)もみられる。また器形では壺の形状を示すものも多く、後半期には土瓶(どびん)形の注口も出現するなど、器形がバラエティに富み、現代人が用いる食器類の根源的様相を抱かせている。

十腰内遺跡出土 十腰内Ⅰ群(式)土器


十腰内遺跡出土 十腰内Ⅰ群(式)土器


十腰内遺跡出土 十腰内Ⅴ・Ⅵ群(式)土器
(21~27 Ⅴ群,28~32 Ⅵ群)


十腰内Ⅰ群(式)土器(『岩木山』1966年 P332より)


14~21 十腰内Ⅰ群(式)土器,22 十腰内Ⅲ群(式)土器,23・24 十腰内Ⅴ群(式)土器
(『岩木山』1966年 P334・P339より)


十腰内Ⅵ群(式)土器(『岩木山』1966年 P339より)

 また、この後期は食料の煮炊きに用いられた粗製(そせい)土器(器面に縄文が施された深鉢ないし甕形(かめがた)土器、内面に炭化物のこびりついているものが多い)と精製(せいせい)土器(土を吟味して丹念に作られた土器)が製作され、それぞれ用途に応じた使用がなされていたのであろう。とくに後者の精製土器は食料の盛りつけ用のほか、器面が磨かれている土器は祭祀専用に使われるなど、使い分けがなされていた可能性も考えられる。