弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編1(自然・原始)

新編弘前市史 通史編1(自然・原始)

第2章 津軽の原始時代

第三節 縄文時代

一 北方に広がる円筒土器文化

三内丸山を含めて、縄文人がどのような衣服を身にまとっていたかは、それを正確に裏付ける証拠に乏しく、発見される編物と、その痕跡をもつ遺物を頼りに推定しているのが現状である。
 縄文時代の衣服に詳しい尾関清子によると、衣服の材質は草本(アカソ・カラムシ・アサ)、樹皮(オヒョウ)を使い、製作の技法は新潟県地方に伝えられている越後アンギン(縦編法)か、あるいはアイヌやアメリカ大陸のインディオが用いる横編法であるといわれ、前者のアンギンについて尾関は「編み目は、すだれやすのこ・・・と同じです。」と述べており、縄文時代の編みの技法が今日まで伝えられているらしい(46)。
 これらの編みによって作られた衣服は袖付き・袖なしがあり、現在のようにボタン・ホックで前部を止める技術はないであろうから、「魏志倭人伝」に記述されている「男子皆露紒(ろかい)以木緜(もめん)招(か)頭、其衣横幅、但(ただ)結束相連、略無縫、」のごとく(47)、頭からすっぽり被って首を出した、貫頭衣(かんとうい)のようなものであったのかも知れない。
 これらの草本や樹皮を用いた衣服は温かい季節のものであり、風通しが良く、湿度の高い地方では最適な衣服であった。ただし秋から冬を経て春までの寒冷期などにはそぐわないであろうから、その季節には狩猟によって捕獲した動物の毛皮を、衣服あるいは住居内の敷物としていたと思われる。
 縄文時代でも後期以後の土偶には、股の部分に線刻で、パンツを現わした形状を示すものもあり、活動しやすいように身体をカバーする着衣の存在も考慮の必要があろう。狩猟時において助手的な役割を果していた犬などは、厳寒期に人と寝所を共にしていたのかも知れない。