弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編1(自然・原始)

新編弘前市史 通史編1(自然・原始)

第2章 津軽の原始時代

第三節 縄文時代

一 北方に広がる円筒土器文化

さきの縄文前期に繁栄を誇った円筒下層式土器文化は、次の縄文中期に入るとますます隆盛を誇り、作り出される土器も装飾は華美の様相を呈している。一般にこの中期の時代は土器の器面装飾が華やかになり、北陸地方の馬高(うまだか)式(新潟県長岡市の馬高遺跡出土土器を標式とする)にみられる火炎土器をはじめ(27)、ソーメンのような細い粘土紐を縦横あるいは菱形に貼り付けている富山県の朝日下層式(氷見市朝日貝塚出土土器を標式とする)(28)、中部山岳地帯に広がる井戸尻(いどじり)式(長野県富士見町の井戸尻遺跡出土土器を標式とする)およびその仲間の藤内(とうない)式や曽利(そり)式土器(29)、関東地方の勝坂(かつざか)式(神奈川県相模原市の勝坂遺跡出土土器を標式とする)(30)などは豪快な器面装飾をもっている。なかでも馬高式火炎土器は、新潟国体における聖火台のモデルになり、また曽利式土器は昭和四十年代の郵便ハガキの定価表示欄に印刷されるなど、縄文時代を代表する土器として多くの人々が垂涎(すいぜん)の念を抱くほどである。

曽利式土器(水焔渦巻文土器)
(中村龍雄『中部高地縄文土器文様』1986年 P53より)

 北日本で縄文中期を代表する円筒上層式土器は、さきの下層式土器よりも分布範囲は広い。北は石狩川を越えてさらに北上し、北海道北端の宗谷岬にまで達し(31)、一部は海を越えて礼文島(れぶんとう)にまで渡っており(32)、南は太平洋側で岩手県の水沢市付近、日本海側は山形県酒田市の沖合に浮かぶ飛島(とびしま)でも出土しているのである(33)。

円筒上層a式土器
森田村・石神遺跡
(森田村歴史民俗資料館蔵)


円筒上層b式土器
森田村・石神遺跡
(森田村歴史民俗資料館蔵)


円筒上層e式土器
森田村・石神遺跡
(森田村歴史民俗資料館蔵)


円筒上層c式土器
森田村・石神遺跡
(森田村歴史民俗資料館蔵)

 このように東北北部から北海道にまで広がりをみせた円筒上層式土器も、やがて中期後半に入ると南から北上して来た大木式土器の影響を受けて変質し、次第に大木式の色彩が強くなって、ついには大木式土器のなかに埋没するのである。さらに円筒上層式の世界に進出した大木式土器津軽海峡を越えて北海道に渡り、渡島半島にその足跡を残している(34)。