弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編1(自然・原始)

新編弘前市史 通史編1(自然・原始)

第1章 津軽の自然

第五節 山地と丘陵の生い立ち

弘前市内にある高い建物から、遠くの景色を眺めてみよう。岩木川の流れてゆく北の方角の開けた低地は、津軽平野である。そして、残りの三方は山地に囲まれていることがわかる。弘前市域で最も人口の密集している居住域は、栩内(とちない)川と大和沢(おおわさわ)川に挟まれた台地の上にあり、この台地は北へ向かって次第に高度を下げて、津軽平野をつくっている広い低地へ続く。この台地と平野は、岩木(いわき)川や平(ひら)川が運んできた土砂が堆積してできた、まだ固まっていない堆積物からなる。しかし、市街地を取り囲む丘陵や山地は(写真42)、遠い過去に海底に運ばれた土砂が固結してできた堆積岩と、かつては活発に活動していた火山から流れ出した溶岩や火砕流堆積してできた地層などから構成されている。これらの山地と丘陵は、いつ、どのような道筋を経てできあがったのだろうか。

写真42 市街地の南に,折り重なるように続く丘陵と山地。そこに分布する地層には,1億年以上も前からの大地の生い立ちが記録されている。

 平野の表面を覆う堆積物は、今から数万年前より新しい時期にできあがったものである(第一章第三節参照)。その時間は、地球のたどってきた四六億年の歴史や日本列島形成に要した数億年の歴史に比べると、わずかな時の経過にすぎない。弘前市で最も南に位置する、大和沢川の上流をさかのぼった標高一〇〇〇メートルに近い尾根は、秋田県との県境となっている。この尾根を中心とする山地を構成している地層には、約二億年も前にアジア大陸の東縁のプレート境界域にどのようなことが起きていたのかが記録されており、その下流の弘前市側の丘陵を構成する地層には、数千万年から百万年前後までの、海に覆われていた時代から陸地に移り変わる時代にかけて起きた、古い出来事が記録されている(表11)。この節では、山地や丘陵をつくっている地層や岩石中に残された記録を読み解くことによって、第三節よりもさらに時代をさかのぼって、弘前市域とその周辺地域の自然環境がたどってきた歴史を復元することにする。

表11 弘前市域に分布する山地と丘陵を構成している地層名と,それらが形成された地質時代。地層名は研究者によって呼び方が異なることが多い。①は「海の時代の終焉と古いカルデラの活動」,②は「深い海に泥が堆積した時代」,③は「日本海の誕生と海底火山の活動」,④は「酸性マグマの活動」,⑤は「日本列島の土台ができた時代」の各項に相当する。

 地層を構成する堆積物地層の広がりは、年代が古いほど市町村や県境などの行政境界の輪郭とは無関係に、広く追跡される傾向にある。例えば二四〇~三〇〇万年前の地層である虹貝凝灰岩(一六四頁参照)は、おもに碇ヶ関村、大鰐町、平賀町にまたがる東西約一五キロメートル、南北約一八キロメートルの範囲にのみ分布するが、約一五〇〇万年前(中新世中頃)の珪質泥岩や硬質頁(けつ)岩からなる地層(一七六頁参照)は、本州や北海道の日本海側の地域に特徴的によくみられる、極めて分布の広い例である。こうした、それぞれの地層堆積した地質時代の自然環境を復元したり、その当時起きた地殻変動、そして大陸氷河の消長とともに海水面が上下した様子などを紹介するためには、その考察範囲をそれぞれの地層堆積していた海域や水域という空間的な広がり、または特定の時期に起きた大規模な火山活動の影響による地層の分布範囲としてとらえる必要があるので、ここでは弘前市という人為的に区切られた行政境界を越えて、広域的な観点から記述することにする。
 こうした観点から、弘前市とその周辺地域に起きた地球史的出来事を、それぞれの特徴ごとにまとめると、およそ表11にみられるような五つの時代に区分することができる。すなわち新しい方から「海の時代の終焉(しゅうえん)と古いカルデラの活動」「深い海に泥が堆積した時代」「日本海の誕生と海底火山の活動」「酸性マグマの活動」「日本列島の土台ができた時代」となる。次に、新しい方から古い方へと時代をさかのぼりながら、五つに分けられたそれぞれの時代の様子を紹介することにする。その前に、地球史事件の中でも、ごく最近起きた小さな出来事を取り上げて幕を開けることにしよう。