弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

通史編1(自然・原始)

新編弘前市史 通史編1(自然・原始)

第1章 津軽の自然

第三節 津軽平野南部の地形発達

二 弘前市街地の地形

扇状地の下流側に分布する氾濫原は、微高地をなす自然堤防と後背湿地とからなり、前者が清野袋面であり、後者が駒越面にあたる。図28に示したように、この自然堤防と後背湿地の帯状の配置は河川の氾濫によって形成されたものである。自然堤防帯の中には、大石川との合流付近にあたる三和、平川との合流付近に位置する岩賀(いわか)、そして土淵川との合流付近にあたる撫牛子(ないじょうし)などにおいて三日月状の旧河道跡が認められる。清野袋面上には岩木川西岸にあっては南から浜の町、石渡、中崎、三世寺(さんぜじ)、大川、青女子(あおなご)、種市、三和(みわ)が、岩木川平川間では岩賀、清野袋(せいのふくろ)、向外瀬(むかいとのせ)、大久保、津賀野(つかの)、百田(ももた)、そして岩木川東岸では藤崎、板柳などが点在し、またりんご園としても利用されている。高度は藤崎以北では一五~二〇メートル、岩木川平川間では二〇~二五メートル、そして浜の町付近では二五~三五メートルである。等高線は下流側へやや凸状の配置をなし、後背湿地とは多少の高度差が認められる程度であるが、現氾濫原である城西面とは二~四メートルの急崖が認められる。なお、大和沢川流域にあっては舌状の分布を示し大和沢川の氾濫によって形成されたものである。面上には清水森、堀越などが位置している。
 ボーリング資料をみると、清野袋および向外瀬付近(二一~二二メートル)では深度約八メートルまでは亜角~円を多量に含む砂礫層堆積しているが、時として厚さ約一メートルの円を含む淘汰不良の砂層が認められる。浜の町の市営住宅(二七メートル)では、最上部に厚さ一メートルの小混じりの砂質シルトが認められるが、全体として一〇メートル以上の厚さをもつ砂礫層堆積している。砂礫層は崩壊が著しく、径〇・五センチメートルを主体とする円磨度の高い円を多量に含んでいる。この砂礫層岩木川の氾濫によって供給された堆積物で、流域に沿って微高地を形成している。
 一方、岩木川東岸にあっては堆積物の特徴が異なっている。板柳中央病院(一六メートル)でのボーリング資料をみると、上位に暗青灰色のシルトと砂層(厚さ約九メートル)、下位には砂礫層(三・五~五・五メートル)を挟む暗青灰色のシルトと砂の互層(二〇メートル以上)が堆積している。上位層はN値が四未満と軟弱であり、砂礫層直上の砂層底部(地表下約八メートル)からは埋もれ木が採取されている。下位層も砂礫層を除くと、シルトと砂の互層部分はN値が一〇未満と軟弱である。シルトの一部が有機質であって、砂礫層およびシルト層底部には埋もれ木が認められる(図33)。藤崎でも同様な堆積物が認められ、たとえば西豊田地区の浄水場(二〇メートル)では地表下約一三メートルまではシルトを主体とした軟弱な堆積物(N値八未満)で、下位には厚さ約八メートルの砂礫層堆積している。

図33 板柳地区でのボーリング資料