北広島市/デジタル郷土資料

郷土の大型紙芝居

郷土かみしばい


 
1

 歩きつかれた久蔵(きゅうぞう)は、ふと 川の流れの音を耳にしました。
朝から二・三十キロは 歩いたでしょうか、急に喉の渇きが気になり、荷物を降ろすと急いで流れに口をあてて、ごくん、ごくんと喉を鳴らして飲みました。
 久蔵は手も足も洗い、「きれいな水だ!うまい水だ!よし、今夜は ここに泊まるとしよう。」
 そう決めた久蔵は、野宿の用意にとりかかりました。
 大阪で生まれた久蔵は お金持ちでしたが、明治二年、北海道の開拓のために働こうと決心し、米五升と塩三升を背負って、新しい土地を探しに この広島の島松まできたのです。

 
 
2

 「おや、この葉っぱは?」
久蔵は足元にウバユリの葉をみつけました。その根を掘ってみますと、どれもこれも赤ちゃんの頭ほどもある大きな球根でした。
「ウバユリの根が大きく育っているところは、土地が肥えている。」
というアイヌの人たちの言い伝えを久蔵は思い出しました。
「ここの土はよく肥えているかもしれないな。水も うまいし、よし!ひとつ ここに 落ち着いてみようか。」

 
 
3

 久蔵は、あくる日 さっそく川のそばに簡単な「おがみ小屋」を作りました。
 久蔵より背の高い雑草や、見上げるほどの大木の中で、小さな「おがみ小屋」はなんとも たよりなく感じました。
 今にも 目の前の草の中から「ヌー」っと クマが出てきそうな気がしました。
 その時、ガサ ガサッ カサカサ ガサッ ガサッ
 久蔵は「ギクッ」としました。ふりかえると、野兎があわてて逃げていくところでした。

 
 
4

 それからの久蔵は、大きな木を切り倒し、笹を刈って 火をつけ、くま笹の根に鍬をふり下ろす毎日でした。
 もう何日も何十日も人と会っていない気がします。
 切り株に腰を下ろして、うっそうと生い茂った山々を眺めていると、山鳩のなき声が聞こえました。
 デデポッポ デデッポッポ
 日暮れに聞くと とても寂しいものですが、原野に一人っきりの久蔵にとっては、聞きなれると 友達のような気がします。
 久蔵は、新しい北海道の人間になるためにも、自分の名前をかえようと思いました。
 山の中に一人きりの久蔵だったので、松村久蔵という名前から、中山久蔵としました。

 
 
5

 ある日、お役人が通りかかり、久蔵に声をかけました。
「精がでますね。山深いこの辺りを立派な土地に作られたそうですね。あなたにも札幌で開拓をしている人たちと同じように、お金や扶持米(ふちまい)を一人扶持(いちにんぶち)持ってきてあげましょう。」
 頭を下げて聞いていた久蔵は、いっそう頭を下げて
「お役人様、お言葉まことにありがとうございますが、今、お国から お金や お米を いただきましては、私の心がゆるみます。私は弱い人間です。あてにしていては 心が くじけてしまうかもしれません。この件は ご遠慮させていただきます。」
 お役人は久蔵の決心の固さに感心し、静かにうなずいて立ち去っていきました。

 
 
6

 久蔵は持ってきたお米もなくなり、国から もらう扶持米の米も断ったので、毎日、鹿の肉やカタクリ、魚をとって食べました。
「ああ、米の飯が食べたいな。こんな広い土地ができたのに なんとかならんもんかな。ああ、米の飯が食べたいな。湯気があがった あのぷうんと あまいにおいのする・・・・・・。ああ、こたえられないなぁ。」
 考えただけでも生つばがでてきます。
 その頃、北海道は寒いので、米はできないと言われていました。
 でも久蔵は、ほんの少しでもいいから、ご飯を食べたいと思いました。

 
 
7

 そこで久蔵は、野を耕し、水田をつくりはじめました。川から水をひき、カッコウが鳴く頃に 籾を蒔きました。
 毎朝 久蔵は、今日は芽が出てきたかなと見て歩きます。
 でも、五日たっても、十日たっても籾は元のままです。
 手にとって みても、針の先ほども芽は のぞいていません。
 その年は、とうとう一粒の米もとれませんでした。

 
 
8

 そうしているうちに、北海道の冬は駆け足でやってきました。
 小さな「おがみ小屋」は、雪の中にすっぽり埋まってしまうほどです。
 久蔵は、なんとか自分で作った ご飯を食べたいとますます思いました。
久蔵は、稲の中でも もっとも寒さに強い「赤毛」という品種の種籾を手に入れました。
『早く雪よとけろ』
『早く春になれ』
 久蔵は、長い北海道の冬を過ごしました。

 
 
9

 次の年、カッコウの声を聞きながら久蔵は、今年はどうか芽が出ますように と祈りながら、赤毛の種籾を蒔きました。
 ところが、五日たっても、十日たっても芽が出ていません。二十日ほど たちましたが、それでもいっこうに芽が出る気配はありません。
 デデッポッポ デデーポッポ
 デデッポッポ デデーポッポ
 まわりの林からは、山鳩の声がひびいてきます。
 その山鳩のなき声が、久蔵には「デンデン穂、デンデン穂、稲の穂は出ないぞー」と聞こえました。
 久蔵は急に腹が立ち、ズカズカと苗代に入っていき、一粒、一粒 籾を調べました。でも、芽が のぞいている籾はありませんでした。
 久蔵は、今年も ご飯が食べられないのかとがっかりして、ぼーっと突っ立っていました。
「ハ、ハ、ハックション。うーさむ!」
 冷たい苗代に突っ立っていた久蔵の体は、すっかり冷え込んでしまったのです。

 
 
10

 家にもどった久蔵は、急いで風呂を沸かして入りました。
「ああ、あったかい!いい気持ちだ。」
 久蔵は、風呂で温まりながら、ふと、苗代の水の冷たさを思い出しました。
「そうだ!風呂だ、風呂がいい。籾のやつも寒かったんだ、ようし、籾も風呂に入れてやろう。」

 
 
11

 すぐに久蔵は、苗代にお風呂のお湯を入れました。手や足で温度をみながら、何回も何回も運んで、稲が育つ温度にしてやったのです。
 一週間もたたないうちに、久蔵の温かい心に応えるかのように、籾に白い小さな芽がぽつんぽつんと出てきました。
「芽が出た!芽が出たぞ!」
久蔵が叫ぶと山鳩も
 デデッポッポ デデッポッポ
 でも今度は
「デデッポッポ デルデルホッホ 穂がでるぞ」
 と、久蔵には聞こえます。
 久蔵は、子どもを育てるように大事に大事に、稲を育てました。

 
 
12

 やがて 秋も深まり、久蔵の水田は黄金に輝き、稲穂が実りました。

 
 
13

 久蔵は、収穫のお祝いに、麦も イモも入れないお米だけのご飯を炊きました。
 夢にまで見たご飯です。
 ふわっと湯気が あがっていて、ぷうんと甘いにおいがしています。
 久蔵は、何度も何度も においを嗅いで、ゆっくりと味わって食べました。
 「寒い北海道では、お米は作れない」と言われていましたが、久蔵は こうして米作りに成功したのです。

おわり