北広島市/デジタル郷土資料

きたひろ昔話

子どものための広島むかし話 その弐

 
 魚で一番懐かしい思い出はニシンです。鰊と書き、春告魚ともいわれました。陽ざしがやわらぎ、深い雪をとかす季節風が吹きはじめるころ、ニシン場の大漁旗が吹きなびいたものでした。値段も安く、農家では一年分のおかずにするために、幾箱も買いこんで、ミガキや開き干しにしたり、ぬか漬けにして貯えておいたのです。いま黄色いダイヤなどといわれる「カズの子」もたくさんとれて、お正月の食卓をにぎわせたものでした。(『大曲百年の歩み』)
 
 三月になると、ニシンが出てきました。売りにも来たし、市街の押味商店や、花山商店から箱で買いました。背わりにして干したり、ナヤで炭をおこし串にさして焼き、スノコで干して焼き干しにしました。四月になるとヌカ漬けにしておきました。札幌の二条市場までいくと安いニシンが買えたものです。もう毎日毎日が、ニシンのおかずでした。油があっておいしく、簡単に食べられるし、栄養もあって、農家の人にとっては大変ありかたい魚でした。ニシンのなかでも増毛ニシンが上等とされていました。厚田ニシンもきました。銭函ニシンは形が小さくて、味も落ちるといわれたもんです。
(富ケ岡 石橋豊次郎)