北広島市/デジタル郷土資料

きたひろ昔話

子どものための広島むかし話 その弐

 
 昭和のはじめでしょうか、夕張川が石狩川に切り替えになる前のこと、近くの裏の沢は、大雨ごとに大水となりました。水がひいたあとの凹地には、フナ、ウグイがたくさん残っていて、カヤで作ったドウをしかけて追いこみ、カマスに何杯も採りましたよ。(高橋喜一郎さんはビンドウを使ったといいます。)家では炉で焼いて乾燥させて、焼き干しにしたり、佃煮にして食べました。味噌汁のダシにもいいものでしたよ。そんなことが何年かあって、大助かりでしたね。またある年には、千歳川の岸がまっ黒になって、トゲウオが上ってきました。それをタモですくって、カマスで運んだのです。煮て肥料にしましたよ。
(北の里 佐々木市太郎)

 千歳川の洪水のあと、中の沢の水たまりでも、トゲウオがまっ黒になって集まっていたそうです。私のところでも、中の沢の人から、トゲウオをカマスで買ってきたことがありました。ニワトリのえさにしたのです。焼いてダシにしたという話も聞きました。いまはトゲウオもいなくなりましたね。どこへ行ったのでしょうか。
(富ケ岡 石橋豊次郎)

 昔は輪厚川でも、よく魚が釣れたもんです。ヤマベもたくさんいました。木綿の糸に、石のおもりで、釣り竿はネマガリ竹、エサもそこらにいるミミズでした。夜はガンピの皮をともして、川面を照らしヤスで突くと魚も眠っているのか、ふらふらとして面白いように釣れたんですよ。 
(輪厚 赤倉治作)