北広島市/デジタル郷土資料

きたひろ昔話

子どものための広島むかし話 その弐

 
 昭和のはじめ、私の地区では冬の仕事として、亜麻運びがあったのです。亜麻を馬ソリに積んで、札幌まで運ぶのですが、そのころの道路は狭く、馬ソリの上の亜麻は巾をとるので、交通の少ない夜かけて運んだのです。馬ソリがひっくり返ったときに、ひとりでは困るので、みんなで助け合って一緒に運んだのです。そのころ亜麻工場は、麻生と琴似の二ヶ所にあったので、分かれて運びました。一日五円くらいになりましたね。一回おきの予定でしたが、雪がとけてきたりすると、急がねばならず毎日の運搬になることもありました。眠いので帰りはソリの上で眠りました。当時はいまのように車の往来もなく、交通事故などもなくて、のんきな時代でした。 
(北の里 佐々木市太郎)

 もう馬の方で、行く先を覚えていてね。黙っていても、その店先まで行ったらちゃんと止まるんだよ。だから馬車(馬ソリ)の上で眠っていても、大丈夫っていう話さ。 
(大曲 中島政吉)

 亜麻を運ぶのに、行幸橋の坂は今よりずっと急だったので、坂を上るのにみんなえらい難儀をしたものでしたね。 
(西の里 中谷完二)