北広島市/デジタル郷土資料

きたひろ昔話

子どものための広島むかし話 その壱

 
 みなさんは石臼やコネバチを見たことがありますか。石臼は北海道へ移住するときに、ふるさとから大事にして持ってきたものです。コネバチはこちらへきてから木で作ったものです。石臼は粉をひくために、コネバチは粉をこねるために大切なものだったのです。生命のもとになったともいえるでしょう。
 そのころの食事はムギがおおかたで、米が少し入ったごはんか、ソバだんごでした。おかずは野菜がおもで、塩マスかニシンといった程度でした。ソバを粉にする石臼が台所のすみにおかれていて、母が夜なべに粉をひく音がゴロゴロと毎晩のように聞えていました。赤倉治作(輪厚)
 食事はヨモギに米を入れて食べたり、ムギめしやソバだんごなどが主食でした。ウバユリの根も食べました。岸本トモ(北の里)
 そのころは、ソバ、アワ、イナキビ、トウキビなどをおもに食べていました。それがかえってよかったのかも知れません。前にお医者さんに「長生きしたかったら、うまいものを食べるな」といわれたことがありましたよ。菅原善蔵(三島)
 食事はソバ、イナキビ、アワ、ヒエなどがおもで、米のごはんは盆と正月くらいでしたよ。石臼でソバ粉をひくのが毎日の仕事でした。中谷完二(西の里)