北広島市/デジタル郷土資料

きたひろ昔話

子どものための広島むかし話 その壱

 
 本に出てきたり、お話に聞くクマさんはかわいいですね。でも北梅道のヒグマは恐ろしいのがいるんですよ。体重が三百キロもあるヒグマもいるということです。クマも悪者として、明治十一年(一八七八)には一頭五円の捕獲奨励金がついていました。ヒグマは毎年五百頭もとられているのに、その数は減らず今も道内に三千頭近くいるといわれています。それはクマは集団生活をせず、肉でも木の実でも何でも食べるからです。(最近減っているという研究もあります。)開拓のころは、いたるところにクマの穴があって、朝がた開墾の仕事にかかると、クマが穴から出てきたりしてとても恐ろしかったといいます。沢水に牛乳缶を冷やしておいたのを、クマがひっくりかえして水が真っ白になったと西沢太七さん(輪厚)が語っています。昭和十六年に仁別の山で、谷川文利さん(輪厚)が仕事中にクマに出会ったといいます。昭和三十七年中の沢で、二百キロのクマが仕留められたということです。また昭和三十三年には大曲でめん羊がクマに殺されました。三十七年にはこれも大曲にクマが出て、逃げたクマが自動車に衝突するということがあって人々を驚かせました。しかし広島で人がクマに殺されたことはないとのことです。昭和三十八年からは広島にクマが出た話は聞きませんが、支笏湖の山にクマがいる話は、みなさんも知っている通りです。