北広島市/デジタル郷土資料

北広島遺産ハンドブック 歴史遺産

[2 東部・団地・南の里エリア]

2-1 東部・団地・南の里エリアの歴史

 明治15年、北海道を視察し広島県に戻った郁次郎は、明治15年6月19日、函館県宛てに輪厚川筋100万坪の払下げを出願しました。
 しかし、明治16年に再び渡道し、入植予定地を実測してみたところ、46万4千坪しかありませんでした(現在の中央1・2・3・4丁目、美沢、中の沢、共栄町1・2・3・4丁目付近)。そこで、地続きの葮原(だんばら)であった、輪厚川左岸(現在の東共栄、共栄付近)に43万坪と、輪厚川右岸(現在の朝日町、稲穂町付近)に10万5千坪、3か所合わせて100万坪にして払い下げて欲しいと再度要望し、これは許可されました。広島開墾地の誕生です。
 

御予定地再願の図
(郷土研究北ひろしま第16号より)