函館市 函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 下

第一一編 災害 第二章 駒ヶ岳の噴火 第二節 昭和の大噴火 昭和四年六月一七日 

六月一七日
 砂原方面から森町へ避難する人たちも陸続と増し、森停車場前は混乱を極めた。森町では役場が婦人会の応援を得て焚出し活動したが、仮収容所への握飯配給一二名の人夫と役場職員が当たった。
 停車場前黒田カフェーを借り受け、焚出しの配給所として救援活動に力めたが、果てしなく限りなく避難民が増しつづけるので、救援は夜を徹して、以後、四日間つづいた。
 
森町役場の記録
六月一七日
12時30分  軽石流駒ノ背を越え、ただちに止る。
14時0分   森町土橋からみると、三条の軽石流れ下るも大流とならず。
15時0分   大沼方面からみると、剣ヶ峰右肩と馬ノ背の中間から、軽流奔流。この頃、森町からみると、軽石流流出して東背面をおおい、やがて西前面をも包んだ。
15時20~30分  東麓のクルミ坂に軽石流々出し、降下軽石もはげしかった。軽石流の一部は焼野を通り、北東に岐れ、海蝕崖を流下、海浜に三角州を作った。さらに一部は砂原岳を越え鍛治屋川と明神川およびその中間の高丘を通り、なお左へまわってイラ沢に侵入した。
15時40~50分  南々西麓の赤井川方面へ第一回の軽流が流出し、山腹に止まる。
16時10分  押出沢より軽石流々出。この頃、軽石流は剣ヶ岬(火口よりの比高二八五メートル)を越え中腹に止まる。
16時0~30分  北々東の沼尻岬より軽石流を目撃。
16時30~50分  駒ヶ背を越え尾白内にむかい軽石流々下。一七時三〇分海岸近くに達す。
17時0分  砂原岳を越え軽石流々下。この頃、赤井川方面への軽石流(第2回目以降のもの)国道近くまで流下。
17時40分  赤井川方面に再び軽石流下。一八時一五分森林に達し、これを流出す。
19時0分  尾白内方面へ最後の軽石流が押し出す。
22時0分  赤井川方面の軽石流が登山道路を越える。
六月一八日
2時0分  赤井川方面の軽石流が流動停止。(略)