函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 下

第七編 産業

第二章 林業

第一節 郷土の森林

造林功労

茅部臼尻村大字熊字熊五十六番地
  明治八年六月生る。明治二十二年齢十六歳にして一家を経営せり。由來本村住民は臼尻村と異なり、植樹の観念に乏しく、樹木年々減少するを以て將來を慮り明治三十年五月、該事業を企画経営し、誠意植樹に努め一面住民を鼓吹せし、結果、漸次植樹に従事するものあるに至れり。
  同人の本業は雑貨商なるも亦能く植樹事業を擴張し、毎年一萬本内外を植栽し、現在面積三十町歩にして杉、落葉松、松等約十萬本に達せり。

(表)臼尻村民有地 大正五年度分
(「函館支庁管内町村誌」北海道所蔵)

 
 明治から大正にかけて、礼文島船に鰊差網漁業を経営した臼尻の〓野村玉蔵(明治五生)は、礼文島から椴松の苗を持ち帰り、野村家の山林地に植えつけた。長男孝次が二歳のとき、明治三六年の初夏であったという。
 当時、島の椴松は島外に苗等を持ち出すことが禁じられていたが、野村玉蔵は衣類とともに行李に入れて持ち帰ったという。礼文の椴松は、臼尻の風土に適していたのか、順調に成長して二四〇本の美林となった。臼尻の旧墓地に登る山道沿いに、(八〇年余の樹齢を誇る)七本の礼文の椴松が聳えている。