函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 下

第八編 交通運輸

第二章 海上運輸

第三節 漁港

臼尻港


明治23年8月6日函館新聞

 
               函館新聞 明治二三年八月六日 水曜日 第二八〇二号 市立函館図書館所蔵
   今若し室蘭札幌間の鉄道成就したるものと仮定せば、室蘭は実に札幌より南下して海に入るべき出口なり。北海道の南方より、北方の中心に向って移らんとするには、最も便利なる入口なり。故に青森より北海道に来るにハ、函館之が門戸と為り、而して東海岸なる及び西海岸の或る部分は至るものを除き、直ちに北海道の中心たる札幌方面に北上せんとするものハ、室蘭に倚るを以て最も便利なりと為さざる可らず。
   然らば則ち渡島国就中函館方面より室蘭に向ふべき港門を撰ぶは最も必要の事と言ふべきなり。
   而して現今に於て右の役目を有するものは、則ち渡島国森港とす。
   是れ函館より室蘭に至るべき国道の極点なり。
   今若し此地に由らずして札幌へ行かんとせば必ず下述する二條の路線中何れかに由らざる可らず、一ハ黒松内を経て岩内小樽に出て札幌に至る其里程七十六里餘なり。一ハ長万部に出で噴火湾の沿岸を廻りて室蘭に至り千歳山道を過ぎて札幌に至る其里程七十九里餘なり。
   而して此路線に従って陸路を取れば森より室蘭に至るハ三十四里ありて其行程三日半を費やさざる可らず。然るに現今の如く森より定期船に依りて室蘭に渡航する時ハ僅に二十二海里の海上を経て三時間を費やすに過ぎず。
   其便利亦だ甚だ大り。
   然りと雖も森港ハ未だ以て完全無欠なる港湾と称し難きものあり。
   其故何ぞや、彼の室蘭の如きハ北海道中有数の良港にして風波の為め汽船の着岸を支へらるるが如きこと絶て之無しと雖も森港に至てハ然らず、屢バ波浪の為めに汽船の着岸を支へられ室蘭を発して森港に至り上陸する能ハずして空し室蘭へ復するを少しと為さず。
   且冬季に於て風波の激なる時ハ三日間も汽船の航行を停止するが如き不便あるハ世間の熟知する所なり。
   渡島国より室蘭に航すべき港門にして森より勝りたるもの無からしめば則ち止まん荀も然らずんば渡船場の任を他の勝りたる港門に移し以て前記するが如き不便を除くは必要の事なりと謂ふべし。
   而して余輩ハ渡島臼尻港を以て森より勝りたる港門なりと為すものなり。
   移して以て渡船場と為し新道を開いて直ちに函館に連接すべしと思ふものなり。
   乞ふ聊か其要を云わん。
   抑も渡島の東岸より室蘭に渡航すべき港門ハ森・砂原臼尻の三港とす。
   其室蘭との距離を調査するに森は二十二海里・砂原ハ二十海里・臼尻は凡二十六海里にして其最近の港門は砂原なり。
   故に往時に在てハ砂原を以て渡船場と為し居りたり。(函館より森・砂原の陸路程は差違なし)
   然るに維新以来渡船場を森に移せるは砂原の港湾たる一見森に勝るが如きも其実風波を受くるの方位、森に劣れるに因るなり。
   然れども森も亦た前記するが如き不更を有するを以て、余輩は之を臼尻に移さんことを欲するなり。
   臼尻の森に勝る所以、蓋し二なり。
   一は港湾としての点、二は函館との距離の点是なり。
   臼尻村ハ渡島茅部郡に在りて函館より艮(うしとら)位に当れる漁村にして、北ハ海に面し、南方に山を負ひ左右に岬角を有せり。
   村の東方に在る岬は大小五個の島嶼より成れり。
   村に接近せるを辨天島と云ひ、第二を中の島と云ひ、岬の極点を沖の島と云ふ。
   五嶼の間は満潮の時に当り約千一丁許り。
   満水するも干潮の際ハ歩して談の嶋に至るを得べし。
   而して村より沖の島に至る大凡そ六丁とす。
   又乾位に当れる岬角を字モサシリと云ふ。
   モサシリの内方を二艘澗と云ひ、両岬の中間を臼尻湾とす。
   沖の島よりモサシリ岬の間は十九丁餘あり此横線より陸地に至る距離は凡そ七丁余にして湾中碇の部分は辨天島の蔭に在り其水深六七尋乃至十二三尋あり。
   湾底多少の岩石ありと雖も又錨爪に支障を及ぼすことなし。
   之を臼尻港の概とす。
   今之を森湾に比較するに、北海道庁の統計書に依れば臼尻港を表して曰く、湾口方位東北碇所の干潮深さ八尋・碇所の廣袤東西十二町四十間、南北十五町三十間とあり其平方面の坪数ハ七十万六千八百坪にして、之を森湾の東西十五町、南北五町廿四間五尺惣坪数二十九万弐千三百五十坪に比すれバ実に四十一万四千四百五十坪の差あり。
   而して其相違斯の如くなるに拘らずメーク氏築港の報告を見るに臼尻港の事を掲げず。
   余輩ハ其調査の及バさりし理由を知るに苦しむなり。(未完)
   因に云ふ本文陳述する所の地形及ひ大勢の如何を一見明瞭ならしめんが為め臼尻港の写真より転写せる実景及び渡島国の南方より膽振の室蘭に至るべき各地の形勢を縮写せる地図を附録とし明日を以て之を発付すべし。
   読者諸君、幸に対照の労を執れ。
 
  (函館新聞/明治二三年八月七日 木曜日 第二八〇三号)
    室蘭港へ渡航すべき渡島の港門 臼尻港 (承前)
   臼尻港湾内の規模は前期するが如し之を渡島国より室蘭に渡航すべき港湾中に比較する時は、砂原は森に劣り、森は臼尻に劣るは争ふべからざる所なりとす。
   然らば則ち臼尻港は渡島国より室蘭に渡航すべき港湾中の第一位に居るものと謂はざる可らず。
   而して其湾上即ち陸地の規模は果して如何蓋し臼尻村は茅部郡中に在りては森村に亜ぐの大村にして明治廿二年度の調査に依れバ戸数百十戸、人口五百八十七人あり、皆漁業を主として之に従事す。
   其海産の重なるものは鮭・鱈・鰮・昆布にして其他種々の水産あり。
   又た其近傍に温泉の湧出するもの二ヶ所あり。
   一を河汲と云ひ、一を小舟と云ふ。
   之を臼尻港湾上の概要とす故に臼尻の港たる之を湾中の規模よりすれば森に勝り、之を陸上の形勢よりするも敢て森に劣れりと云ふ可らざる。
   以上は臼尻は森に対し数歩の勝る所なきを得ざるなり、故に余輩は渡船場を臼尻に移すの利あるを信ず。
   以上は余輩が謂ふ所第一の理由なり。
   乞ふ其第二の理由たる函館との距離の点より更に之を論ぜん。
   函館より臼尻に到るべき現今の道路は左記の五條あり。
   第一、函館より海岸を廻りて恵山岬を経るもの其距離廿一里七丁余あり。
   第二、函館より森に至り砂原・鹿部等の海岸を経るもの其距離廿三里三丁餘あり。
   第三、函館より軍川村を経て山道を通過するもの其距離拾二里余あり。
   第四、赤川村を経る山道拾里余あり。
   第五、下湯の川村を経上湯の川村より山道を経るもの其距離八里余あり。
   第一、第二は県道にして其他は里道なり。
   今右の五道を比するに第一、第二ハ其距離長きに過ぐるを以て共に之を論ずるに足らず、第三も亦た其距離却て森に至るより遠きを以て之を除けば第四、第五の両道中に就きて何れか便なるやを撰まざる可らず。
   第四は森より近きこと一里余なりと雖も沿道山阪多し。
   第五は森より近きこと三里にして其山阪あること第四と似たりと雖も、其山阪たる甚しき嶮岨の地なくして平素と雖も駄馬往来し婦人と雖も通行する道路なるか故、多少の改良を加ふれば馬車を通じ鉄道を敷く亦た為し難きの事に非るなり。
   况んや余輩の聞く所に依れば多少の工事を施すときは里程も尚ほ短縮し得べしとの見込あるに於てをや。
   故に余輩は臼尻と函館との往来は、之を第五の道程に取らんとす。
   斯の如くんば森に比して近きこと三四里の益あるを見るに足れるなり。
   右の事実に依れば之を港湾其物の性質よりするも臼尻の方森に勝り之を函館との距離よりするも臼尻の方森に勝り、而して其室蘭に達するには海上に於て四海里を増すと雖も風波の為めに船を着岸せしむる能はざるか如き憂ひなきを以て余輩は室蘭に渡航すべき渡島東岸の渡船場を臼尻湾と定むる方大に全体の利益なるべしと信ずるなり。
   今や余輩は臼尻港を以て渡航の場と為すべきを論丁せり。
   更に一歩を進めて云はざる可らざるものあり。
   何ぞや則ち函館よりして渡航場たる臼尻に向て鉄道を敷設すること是れなり。
   炭坑鉄道会社の計画は、室蘭に向て鉄道敷設の功を奏するハ二ヶ年内に在りとの見込なりと聞けり。
   果して然らば二年後の室蘭は大いに形勢を一変して其繁盛を増すべきは疑ひなきなり。
   此時に当りて狼狽して急に鉄道敷設の事を企つるは甚だ遅し故に余輩は早きを趁ふて今の時を期し此計画に着手せんことを望むなり。
   臼尻村に向て鉄道を敷設するハ、独り室蘭に対する買物乗客の授受を目的とするのみに止らず、茅部郡木直より鹿部村に至る五ヶ村の海産物ハ少なくも大凡二万余石を産出す。
   而して昆布・鮭・鮪・鱈・其他の生魚も亦た函館に駄送し、冬季と雖も尚ほ其往来を絶つこと無し。
   彼等ハ何故に斯の不便なる陸運を為す乎と云ヘバ蓋し。
   故あり、臼尻より函館に至る海路ハ少くも四十海里余なるが故、漁船大の小舸を以て之を運送するハ余程の好天気に非ずんば能ハざるの事なるを以てなり。
   然らば則ち鉄道の貨物ハ少なくも大凡二万余石を得るの見込あるものなり。
 加之のみならず函館に於て日用需要する木炭の如きも亦た其需用甚だ多くして其数量頻る僅少ならざるなり。
   函館の戸口一万一千其大小を平均して一戸一日に大薪一本を費やすとするも一万一千本の需要あり。
   一敷を以て三円とすれバ其総額三百円にして其一年の需用拾万八千余円なり。
   而して木炭の価格ハ大凡そ薪の三倍とする時ハ其総額亦た三拾万円以上に昇るべし。
   其需要甚だ少額ならざるなり。
   而して此需要を充たさんが為め上湯の川より奥臼尻に至る樹林より流注し、来るべき薪炭ハ鉄道の便に依ること亦た甚だ大なるべし。
   况んや函館より室蘭に至り、室蘭より函館に来るべき貨物の如きハ大に其運送の需用あるを予知すべきに於てをや。
   余輩ハ大方の注意が此鉄道敷設の点に向ハンことを望むなり。