函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第二章 漁業組合

第六節 新しい漁業協同組合

 組合分裂、乱立の要因は、常に漁業権行使、とくにその境界紛争が事の起こりである。
 農村の争いが水争いであるように、漁民の争いは漁場の境界を岬または河口にとる慣行や入会が破られることに端を発する。岬は動かないが、河川の河口、川尻はとくに流動して定まらないのが常であるから、争いもまた何年かおきにもちあがる。
 昨今はコンクリートの護岸工事が成り、基準点が定着したのでこの種の紛争はなくなったが、基準が定まらなくて入会のあったものが、基準が定まったことによって浮上してくるケースもでてくる。

函館新聞/昭和24年3月9日

水協組、一村に乱立の傾向  (函館新聞=昭和二四・三・九)
     漁業権をめぐり紛争
       まず尾札部村で火ぶた
 水産協同組合法制定に伴い漁村の民主化を目指す漁業協同組合設立の胎動は道南各漁村にも活発にみられているが、分立傾向の濃い村では専用漁業権をめぐる紛争の気配があらわれはじめ、たまたま一村で五組合設立の機運をみせている尾札部村でその火ぶたを切った。
 ことの起こりは二月二十七日の尾札部漁業会総代会で、川汲部落民が六十数年来採取続けていたコンブ採取海域(川汲村界から著保内に至る約五百米)の専用漁業権を本村に返済することを可決したことに始まる。
 川汲漁民がコンブ年産の三分の一を収獲しているこの地区を取り上げられることは同村民全般の生活にも影響する重大問題だと、同村選出十二総代は全面的に反対した
が多数に押され決定を見て了った。
 その後三月一日川汲村民大会を開いてその対策を協議したところ、新漁業法が制定されて漁業権の所在がはっきりするまで村の生活権擁護のため、あくまで現在通り採取権を維持すべしと決議され、大会の意思にもとづき加我、杉林両村議と小坂、坂本両総代の四代表が八日午後渡島支庁長を訪れ紛争解決を嘆願した。
 岡支庁長は実状を調査した上、何らかの手を打ちたいと回答し解決を後に譲ったが、こんどの紛争は漁業協同組合設立気運をみせている川汲漁民に対して、これを阻止しようとする本村選出の漁業会総代がとったいやがらせ策とみられ、川汲村民の一部にはこの問題に対する村長の態度があいまいであるとして村長リコールの気配もみせており今後の成行が注目されている。
 水産協同組合法の施行に伴って貝取澗村の協同組合設立についての動きはこのほど活発となり、発起人の各部落間の連絡や発起人会の準備に大童である。現在同村漁業会は全村を通じて一本であったが、協同組合は目下のところ左の二つに分立する模様である。
 ◇長磯漁業協同組合設立計画は二月二十八日発起人会を開き、同部落菊地一郎氏を代表として発起人三十名が着々準備を進めている。
 ◇宮野、平浜、白泉を一丸とする貝取澗漁業協同組合設立のため、宮野小島等七氏を主体として発起人十五人が準備中。