函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第一章 郷土の漁業

第三節 定置漁業

定置網

 戦後、〓大洋漁業は、漁協と定置網を共同経営したとき初めて敷なしの運動場を用いた。鮪が大量に入ると運動場から網を起こした。
 昔は、側網を海の深さの八掛としていた。登りに敷をつけて登りで鮪をとった。
 網起こしのとき鰤が入っていれば獲れるが、鰤という魚は網で獲られないものとしていた。
 〓大洋は金庫をつけた改良網をつくり、網で鰤を獲ったのがはじめてである。〓大洋の鰤の大漁は、驚くほどの水揚高だった。
 側網を海の深さより五間乃至七間位長いものを使い敷をとりはずした。そして金庫というものをとりつけた〓の人は「おとし」といった。
 二重落しの構造は、昭和四五年ごろからである。二重落しは、本州で早くから使用していたものである。
 昭和五〇年ごろには、大網も小網もほとんど同じ型の構造になった。最近鮭をとるのに中層網を入れるようになった。(松田吉春談)