函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第一章 郷土の漁業

第三節 定置漁業

漁業制度改革

 南茅部町字尾札部四五〇・四五一(現二七二五・二七二六)番地の黒鷲岬の巌頭に、「北海道建網大謀網漁業発祥之地」の碑が建つ。
 建立の刻にあるように、建立者は北海道漁業制度改革記念事業協会と尾札部村の同協会の両者により建立された記念碑である。
 漁業制度の改革に伴う、旧漁業権に対する補償金の交付があった。
 北海道における制度改革記念事業協会、尾札部村の漁業制度改革記念事業協賛会が設立され、尾札部村に北海道大謀網発祥を記念する碑の建立が促進された。
 
 (1)北海道漁業制度改革記念事業
  イ 記念事業協会設立
 昭和二八年一月、道漁連会長岩田留吉、道信連会長安藤孝俊、道水産部長蛯子哲二が発起人となり、北海道漁業制度改革記念事業協会設立の趣意書が関係者に送られた。
        設立趣意書
  新漁業法が施行されてから二年有半、この間本道漁業はこの基本法を中軸として新しい漁業権に切換えられ漁業民主化の旗印の下に着々と隆盛の道を辿って居ることは実に同慶に堪えない處でありました。
  漁業制度改革によって、本道の新漁業権は旧漁業権の約半数弱に迄整理され海の不在地主や休業漁業が消滅し本道漁業は明治以来の苦闘の歴史から解放せらるゝに至ったのでありますが、漁業制度改革の意義と重要性は単に漁業権の切換えとか漁獲高を向上させると云うことだけのことでなしに、民主的な祖国再建の一翼を担い新憲法の下新しい国民経済のあるべき方向を規定することにあるのであります。
  斯る観点から北海道漁業権補償委員会に於て画期的な漁業制度改革を記念することについて発言があり、全委員一致して北海道漁業を永久に記念する事業を行うことを決議したのでありますが、本道漁業振興の面から考えて実に時宣に適ったことゝ所存するものであります。
  これがため世話人として漁連、信漁連、道水産部長が委員会より指名委任せられ種々協議して参ったのでありますが、この度北海道漁業制度改革記念事業協会を設立して事業の推進を図る取運びとなったので大方の賛同を懇願する次第であります。
   昭和二十八年一月八日
    発起人
        北海道漁業協同組合連合会   会長理事 岩田留吉
        北海道信用漁業協同組合連合会 会長理事 安藤孝俊
        北海道水産部長             蛯子哲二
 
 この設立趣意書に添付された事業計画案に、漁業発祥地の記念碑を建立する事業が組まれていた。
 
  ロ 会  則
  北海道漁業制度改革記念事業協会々則
     第一章 総 則
第一条 本会は漁業制度改革による漁業民主化と本道漁業の振興を記念する事業を行う目的とする
第二条 本会の会員は第一条の目的に賛同するものを以て組織する
第三条 本会は北海道漁業制度改革記念事業協会と称す
第四条 本会は事務所を札幌市水産会館内に置く
第五条 本会は第一条の目的を達成するため次の事を行う
 一 北海道漁業制度史の編纂並に出版
 二 漁業発祥地記念碑の建立     ※(編注)
 三 漁業文化施設の設置
 四 漁業権補償功労者の表彰
 五 その他目的達成に必要な事業
第六条 本会は第一条規定の目的を達したときは解散する
     第二章 役 員
第七条 本会に左の役員を置く
  理事長   一名
  理事    五名
  監事    二名
第八条 理事長は連合会長岩田留吉とする
 理事及監事は理事長の指名とする
第九条 理事長は会務を統理する
 理事は会長の命を受け会務を処理し監事は業務の執行を監査する
     第三章 事務局
第十条 本会に事務局を設け左の職員を置く
  事務局長  一名
  局員    若干名
第十一条 事務局員は理事長適当と認めた者より指名嘱託する
     第四章 会  計
第十二条 本会の経費は負担金を以て賄う
第十三条 本会の会計は毎年四月一日に始まり翌年三月三十一日に終る
 
  ハ 事業計画
  事業計画書(案)
要 旨
 北海道漁業制度改革を記念する左の事業を有効通切に実施し本道漁業の推移を回顧するとともに将来の振展を図るを目的とす
事業目的
 一北海道漁業制度史の編纂及出版
 二漁業権補償功労者の表彰
 三漁業発祥地記念碑の建立   ※(編注)
 四その他必要な事業
事業収支予算
 ◎収入
   寄附金(漁業権証券利子)  四、四六八、〇〇〇円
   合計            四、四六八、〇〇〇円
 ◎支出
   北海道漁業制度史の編纂費    三〇〇、〇〇〇円
   同右 出版費(二、〇〇〇部)  七〇〇、〇〇〇円
   功労者表彰費(七〇〇名)  二、四三〇、〇〇〇円
   漁業発祥地記念碑建立費     三〇〇、〇〇〇円
   役員旅費            三六〇、〇〇〇円
   予備費             三七七、五〇〇円
   合計            四、四六八、〇〇〇円
 
 (2)記念碑建立
 北海道の漁業制度改革記念事業協会設立の前半にあたる昭和二七年四月一日、尾札部村長杉谷梅一は、北海道水産部長蛯子殿にあてて建網漁業発祥の記念碑を建立する趣旨について進言している。
 
     「北海道建網漁業創始之地」記念碑建立について
   本道の建網漁業は天保年間、尾札部村の飯田与五左衛門が南部の人田鎖丹蔵を招いて本村黒鷲岬沖合において建網漁業を営んだことが創始とされ尓来漸次改革され今日の隆盛を見るに至ったものでこのことはすでに御承知の通りであります。
   つきましては別紙の趣意書の通り今般本村黒鷲岬に「北海道建網漁業創始之地」としての記念碑を建立致したく存じますので何卒右趣旨に御賛同下され絶大なる御後援を御願い申上げるものであります。
 
     「北海道建網漁業創始之地」記念碑建立趣意書
   漁業生産力を発展させ漁業の民主化を図ることは日本の民主化並に経済再建の重要な一環であることから、行き詰った漁場関係の整理を前提として新たに、漁業生産に関する基本的漁業制度の改革が強く要望されるに至り、昭和二十四年法律第二百六十七號を以って漁業法が公布され漁民の大きな喜びと希望の内に昭和二十五年三月力強く第一歩を踏み出してからこゝに二ヶ年を経過するに至りました。
   而して全道七千余ヶ統に及ぶ定置漁業権は既に切替を完了され更に新しい漁場計画により漁民待望の漁業権が交付される段階にたち至りましたことは本道漁民のために、また本道水産業発展のためにも、まことに御同慶に堪えないところであります。
   この定置漁業史上画期的なる改革を機会として道水産部の後援を得並に北海道漁業関係者各位の御協力を希がい「渡島茅部尾札部村黒鷲岬」に「北海道建網漁業創始之地」としての記念碑を建立し、その昔の先駆者の労苦を偲び、その苦心建設に感謝を棒げ、これを記念致したく、そうすることにより将来北海道の定置漁業発展に寄与するもの大であり且北海道文化事業の一環として有意義なりと信じこゝに我々が発起人となり各位の御協力をおねがいすることになったものであります。
   次にこの創始之地である尾札部村黒鷲岬について新撰北海道史及び尾札部村郷土史年表により御紹介を申し上げることに致します。
 
[年表]
天皇 西歴紀元 執政 島主 年号  事                  項 備       考
仁孝 一八三九 徳川家康 松前良廣 天保一〇 大謀網創始(本道大謀網の開祖)三代飯田与五左衛
門南部の人田鎖丹蔵を招きて大謀網を造らしめ鮪漁
を黒鷲岬に試む。
行政式角網大謀沖出し三
百五十間程度なり。
第一次は失敗に帰す。
一八四二 松前昌広 同一三 三代飯田与五左衛門大謀網の改良成りて黒鷲沖合に
鮪大漁を得たり。
刻苦改良に努力して遂に
本邦漁業史上空前の豊漁
を得た。

 
○天保年間尾札部村の三代飯田与五左衛門が南部の人田鎖丹蔵を招き大謀網で鮪漁業を試みたのが最初である。
 後この大謀網に種々改良を加え嘉永の頃は處々に行なわれるようになり最初専ら鮪漁に用いていたが後、鮭漁其の他に応用されるに至ったものである。
  昭和二十七年□□月□□日
            発起人
 
    「北海道建網漁業創始之地」記念碑建立目論見書
一、建立の場所  茅部尾札部村黒鷲岬
一、碑の大きさ
区別  高  さ   幅   厚  さ   材
棹   一 丈   二尺五寸  一尺五寸  花崗岩
台   一尺五寸  三尺    二尺    (額=四二尺五寸×一尺)
地形  四尺七寸  五尺    五尺
一、碑 文  「北海道建網漁業創始之地」とし、北海道知事に揮毫していただく見込。
一、費用概算 金参拾萬円也(雑費を含む)
一、費用調達方法
  この記念碑建立に一段と意義を高めるものと存じ旧新定置漁業権者から據金を願うものであります。
  仮に次の何れか標準で據金していただければ、この記念碑が建立されることになります。
一、定置漁業権一ヶ統につき  金五拾円也
二、漁業権補償金額     金拾萬円につき金貳拾円也
 
   (碑) 見 積 書
一金拾五萬参千円也

[記念碑制作費用]

右之通り見積候也
昭和28年7月1日
                  函館市東川町十一番地ノ二
                       石材商 〓 林 貞蔵 ㊞
                         電話五〇三五 番
 
 (3)碑の内容

黒鷲岬に建立の碑

   北海道建網大謀網漁業発祥之地の碑
建立主体  北海道漁業制度改革記念事業協会
      尾札部村漁業制度改革記念事業協賛
在地  北海道茅部郡南茅部町字尾札部二七二五番地・二七二六番地
  (通称 黒鷲岬(くろわしみさき)  国道二七八号線尾札部隧道口より旧国道沿い)
建  立  着工  昭和二八年 七月 一日
      竣工  昭和二九年一〇月一〇日
     ※碑裏面の建立年月は、「昭和二十九年八月」
  (施工者 函館市東川町 〓 林  貞蔵)
除幕式  昭和三一年 七月一九日
工  費  一四五、〇〇〇円
材  質  花 崗 岩
碑  文  北海道建網大謀網漁業發祥之地
       (揮毫)北海道知事 田 中 敏 文
台座碑文   (揮毫)尾札部村長 杉 谷 梅 一

碑文「発祥乃記」

 大謀網漁業発祥之記
天保十年(西暦一八三九)
本村の三代飯田與五左衛門が
南部の人田鎖丹蔵を招き大
謀網を造らせこの黒鷲岬沖
鮪漁業を試みたのが本道
大謀網漁業の始めである沖
出百七十間で第一次は失敗
に帰したが精励刻苦漁網の
改良と諸般の研究に努力し
天保十三年に鮪の大漁を得
た尓来種々改良を加え處々
にこの漁法が行われるよう
になり最初専ら鮪漁に用い
たが後鮭漁その他に応用さ
れるに至った
 尾札部村長 杉谷梅一書
 
 規  模
全高 一四尺二寸 (4・26メートル)
 棹 一〇尺   (3・0メートル)
 幅 一尺八寸  (0・54メートル)
台座 一尺五寸  (0・45メートル)
    三尺   (0・90メートル)
    七寸   (0・21メートル)
    六尺   (1・80メートル)
基礎石積 二尺  (0・60メートル)
 
 天保年間、尾札部の飯田与五左衛門と臼尻小川幸吉が南部の人田鎖丹蔵を招いて鮪の建網を建てたと伝えられていることが北海道の建網大謀網の発祥として認められ、昭和二八年、北海道漁業制度改革の記念事業としてゆかりの地尾札部村の黒鷲岬の巌頭に碑が建てられた。
 南茅部の定置漁業協会では、毎年六月のはじめ、この碑の前で大漁祈願祭をとりおこなっている。