函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第一章 郷土の漁業

第三節 定置漁業

明治後期の定置漁業

 (1)歩  方
 明治三九年の尾札部村飯田屋の鮪網歩方規定をみると、漁場主と漁夫との契約期間は、毎年鮪漁業期間の終了をもって期限とする一か年限りのものである。
 規定の内容の主なものを挙げれば、収獲魚類の売買はすべて漁場主が売買先の商店を選定して、漁場主及びその代理人ならびに船頭が売捌きの一切をとりしきる。歩方の漁夫から売捌きの値段や納屋取り売捌きの魚類などに対して一切の苦情を言わないことを条件に定めている。
 漁場経費の負担区分は、漁場主が鮪網からくりのための繩類、漁船などの施設資材など一切をもち、歩方である漁夫は、米味噌、薪は一人半数ずつを出し合い、その他の日用品は歩方各自の負担とした。
 漁獲が予想外に多くあり、余分を塩漬としたときは、使用した塩の代金は漁場主と歩方が切半して負担することとしている。
 歩方の配当割合は五分五分(切半)で、漁場主が収獲高の五分を得、残り五分を歩方一同が配分する。この配当は、すべて漁獲物の売買代金をもって充当し、漁場主代理人船頭の三者が協議して定めるものとしている。
 漁場の役職は、船頭一名、下船頭一名、漁夫取締一名、賄(まかない)一名、書記(帳場)一名で、船頭は漁場主が指定する。
 下船頭ほかの役人(やくびと)は、漁場主と船頭が協議して指名するが、ときには歩方一同が選挙できめることもできるとなっている。
 管理面での規定では、漁場主や船頭の命令指示に対して歩方の漁夫は職務外のことであっても逆らうことなく従うものとしている。
 また、歩方の出処進退は、鮪漁の期間中、病気・外傷などで就労できなくなったとき以外解約することが出来ない。
 事故や病気・外傷などで一時漁業に従事することができないときは、漁場主が認めて代理人を従事させることとしている。このほか歩方が止むを得ぬ事情によって出勤できないときは、漁場主または船頭の許可を受けて休むものとし、この休業した日数分は、歩方の配当金より日割りで差し引かれた。この休業による差引金は納屋の諸経費に充当するとされている。
 罰則の規定としては、収獲魚類の売買先(第四項規定)や売捌きの値段(第八項規定)などに違背して、歩方が苦情をいい出したり、漁場主や船頭の命令(第一三項規定)に従わない者は、配当をとりやめたり又は直ちに解約する。また、漁場の諸物品を勝手に使用したり持ち去るようなことがあれば、同様に歩方の配当とりやめか解約の処分をすると定めている。
 
 (2)歩方規定                  (尾札部・飯田勝雄所蔵)
       飯田鮪網漁場分方規定
  當鮪網漁場ニ入リタル分方ハ左ヶ條ヲ遵守スベキモノトス
  一  鮪漁場ハ茅部尾札部村字八木ノ漁場トス
  二  分方ニ入ルベキモノハ豫メ漁業ヲ行フ前ニ漁場主又ハ代理人ニ申出ツルコト
  三  分方ノ契約ハ鮪網漁業終告ヲ以テ解約スルモノトス
  四  収獲魚類ハ総テ漁場主ノ約束シタル商店ニ是レヲ賣買スルモ分方ニ於テ苦情申サザルコト
  五  分方ノ割方ハ漁場主ニ於テ収獲高ノ五分ヲ引去リ残リ五分ヲ分方一同ノ配當トス
      但分方ノ配當ハ総テ賣買代金ヲ以テハ分方一人毎ノ配當ハ舟頭及漁場主又ハ代理人ニ於テ協議ノ上是レヲ定ム
  六  分方ニ入リタルモノハ如何ナル事故アルモ鮪漁業中解約スルコトヲ得ス
      但疾病ニ罹リ全ク漁業ニ従事スルコト能ハザルモノト漁場主又ハ代理人ニ於テ認ムルトキ代理人ヲ差出ス時ハ此限リニアラズ
  七  當場所ニ係ルベキ網并ニ鮪漁業ニ用スル繩類漁舟及公課ハ漁場主ニ於テ負担ス米、味噌薪ハ一人ニ付半敷ツヽ其他ノ日用品ハ分方各自ノ負担トス
  八  収獲魚類賣買ニ付テハ総テ漁場主及代理人并ニ舟頭ニ於テ賣捌モノナレバ直段等ハ分方ヨリ苦情申ベキモノニアラザルモ別テ納屋前ニ於テ賣捌ク魚類ハ一層注意苦情等致サザルコト
      但魚類多ク収獲アリ塩漬トナシ場合アリタル時ハ使用シタル塩代金半額ハ分方ノ負担トナシ
  九  総テ賣捌タル代金ハ漁場主及代理人又ハ舟頭ニ於テ協議ノ上預リ置クモノトス
      但書記ニ間違ナキ様直チニ記帳セシムベキモノトス
  拾 當場所ニハ左ノ役員ヲ置ク
     一、舟頭 壱名   一、下舟頭 壱名
     一、漁夫取締 壱名 一、賄 壱名
     一、書記 貳名
  拾壱 舟頭ハ漁場主ニ於テ指定ス
  拾貳 下舟頭漁夫取締及賄并ニ書記ハ漁場主及舟頭ニ於テ指定スルモ場合ニヨリ一同ヨリ撰挙スルモノトス
      但書記一名ハ必ス分方一同ヨリ撰挙スルモノトス
  拾参 分方各自ノ職務外ト雖モ漁場主及舟頭ノ命令ハ何事ナリトモ怠ルコトヲ得ズ
  拾四 第四項第八項第拾参項ニ違犯シタルトキハ分方ノ配当ヲナサズ直チニ解約スルモノトス
  拾五 若シ己ム得ザル事故ニヨリ一時出勤スルコト能ハザル時ハ漁場主又ハ代理人及舟頭ノ許可ヲ受クベシ
但休業シタル日ハ分方配當ノトキ日割ヲ以テ配當金ヲ引去ルモノトス引去リタル金ハ納屋諸費ニ満ツルモノトス
  拾六 其他漁業ニ關シ此条項ヨリ洩レアルケ條ハ其都度漁場主又ハ代理人及船頭ニ於テ是レヲ定ム
     右條項各自承諾ノ上左ニ捺印ス
    明治参拾九年一月三日
             漁場主  飯田清次郎
       附 加
  拾七 諸物品等ハ役員ノ許可ナクシテ猥リニ使用シ又ハ自分使用ノ為メ持去リタル者ハ第十四項ヲ適用ス
                 飯田市太郎
              舟頭 野村由太郎
                 飯田 忠治  竹原長太郎    忠次郎
                 佐藤源次郎  坂井徳太郎  室谷 竹蔵
                 野村 由蔵  坂本庄次郎  坂本 亀吉
                 道亦鉄太郎  道亦 慶蔵  杉谷桃太郎
                 杉谷 梅吉  杉谷 雄蔵  酒井 宇吉
                 松村 政蔵  石川 定吉  飯田 忠三
                 松田長太郎  西谷粂三郎  西谷藤太郎
                 川端金之助  飯田 石松  吉川松五郎
                 秋本 良作  飯田専太郎  澤村三太郎
                 前田 久八
 
 明治四〇年ごろまでの飯田屋の建網鮪(まぐろ)大謀網の位置は、のちの㊆村上漁場の建場より一〇〇間ぐらい陸地(おか)に近い辺で、沖網二一尋(ひろ)(水深約三一・五メートル)、オカ網一三尋の二か統であった。飯田屋の秋味場所は、見日の長磯と黒鷲岬の間の沖合の水深九尋から一二尋にあった。
 後駒沖の村場所の経営も飯田屋に任せられていた。
 村場所は、各吉川の前沖にあたる位置だった。(古老談)
 
 (3)漁場の名書
 明治・大正期の漁場の組織を知らせる漁場の名書がある。ひとつは、飯田屋の鮭分方、鮪網分方人名控や勘定帳、精算帳。大正一二年の〓松田漁場、同年代と思われる㊇中村漁場のもので、各漁場三〇人余りの組織であった。
 イ 飯田漁場 名書
 飯田漁場は、尾札部村の飯田漁場の分方網の人名控や勘定帳ならびに精算帳(飯田勝雄所蔵)にその名書がある。漁場の監督、船頭をつとめた飯田市太郎の手元にあった簿冊類である。
 
明治四十年度 飯田屋「鮭分方人名控」(その一)   網方監督員 飯田市太郎
  〃 九十三番地          坂井 末太郎  弐十年
  〃 八十六            伊豫部梅太郎  十九年
  〃 百 六            野村 由太郎  四十四年
  〃番地不詳            日沼 亀太郎  三十一年
  〃 九十 番地          本館 岩次郎  三十七年
    六十             室谷 末太郎  弐十年
  茅部郡石倉村番地不詳     平民吉田 弥太郎  弐十一年
  南秋田郡□本村八十弐番地   平民天野 政太郎  四十七年
  秋田郡坊□村九十番地     平民桜場(庭)種松 弐十五年
  陸奥上北郡六ヶ處村三十二番地 平民橋本 千代松  四十四年
      キ
  尾札部村番外地          今津 東太郎  十九年
      番外地          工藤 松太郎  十九年
  〃七十壱番地           中村 賢次郎  弐十九年
  〃 九十一            飯田 市太郎  四十年
  〃 九十一            飯田 辰三郎  弐十八
  〃番地不詳            竹原 幸次郎  拾七年
  〃 八十三            坂本 玉太郎  弐十八
  〃 七十九            中村 兼太郎  拾九
    九十             山本 長次郎  三十四
  〃 八十六            伊豫部松太郎  五十
  青森県三戸郡田部村森越五十番地  岩間 作太郎
  青森市寺町廿番          上野  景行
                   澤山 三太郎
明治四拾壱年 飯田納家「鮭分方勘定帳」の人名
  飯田 市太郎  飯田 辰三郎  飯田 専太郎  野村 由太郎  中村 賢次郎  木村  鐵蔵
  中村 兼太郎  佐々木 綱吉  飯田 栄之助  伊豫部梅太郎  日沼 亀太郎  本館  岩次
  天野 政太郎  桜庭  種松  伊豫部松太郎  杉谷  梅作  橋本 千代松  杉谷  竹松
  宇野 金太郎  上川原喜久蔵  小倉 浅次郎  澤山 三太郎  日沼  ナヨ
大正三年七月 鮪網分方精算帳
  飯田 市太郎  飯田 辰三郎  西谷 粂三郎  西谷 粂之助  杉谷  幸吉  柳谷  由松
  西谷  粂吉  伊勢 勘次郎  酒井 角次郎  松村  政蔵  松田 金太郎  杉谷 久三郎
  杉谷 百太郎  沢山 三太郎  飯田 栄次郎  道亦 鉄太郎  秋元  秀吉  竹原 岩太郎
  野村 国太郎  今津  テイ  能戸  貞蔵  荒木 光三郎  杉谷  由蔵  柳谷  清蔵
  宇野  岩蔵  飯田 石太郎  杉谷  義一
   計   二七名
(女名 今津テイは、今津家の当主である。分方として参加していたことを示す)
 

〓松田漁場各書(松田撮影)


〓松田漁場各書(松田撮影)


〓松田漁場各書(松田撮影)

〓松田漁場 名書(ながき)(その二)
  大正拾弐年五月卅(廿)日
   定 候也
  茅部尾札部村字見日
  〓松田漁場
  船  頭 松田長太郎   陸廻取締 柳谷堅太郎
  下  頭 杉谷 久七        西谷 久吉
  甲羅船頭 松田兼太郎        松田 幸助
  甲羅船頭 松田憲太郎        西谷粂之助
  口引船頭 白川 豊八        酒井宇三郎
  口引船頭 杉谷兵太郎        白鳥啓太郎
       粕部留太郎        坂下 藤作
       小野美千義        松村 利夫
       杉谷 政治        熊谷亀太郎
  帳  場 竹原勝之助        林  武司
       松村政太郎    炊事係 松田 モヨ
       酒井 染造        松田 ユキ

㊇中村漁場各書


㊇中村漁場各書


㊇中村漁場各書

 ㊇中村漁場の名書(ながき)(その三)
 安浦の㊇中村漁場の名書(ながき)が、当家の旧番屋の板壁から発見された。欠損部分が多いが、ほとんど地元の人々の名であることから漁場の名書であることを知らされた。
                   (資料提供 中村営八・中村三次郎)
  □ 多吉郎   □村 直吉   □村 亀助   島村 与吉
  □  米蔵   □谷 安蔵   □田由太郎   西村市太郎
  □ 辰次郎   □村 留八   □藤鉄太郎   上田 幸治
  □  勘平   □田 孫市   木村啓三郎   田中 幸逸
  □ 清八郎   □ 辰之助   成田仁三郎   門□金左衛門
  □館 仁八   □村 酉松           佐々木市郎
  佐々木末松   森   勇   三浦 寅吉   佐々木善四郎
  田中八太郎   中野 由松   田中 米松   工藤 磯吉