函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第一章 郷土の漁業

第三節 定置漁業

明治後期の定置漁業

 明治三八年の八か統が四〇年には一六か統にふえたのは、鮪の回遊が多く漁獲高がふえた証拠である。
 明治三七年ごろより三陸から下北にかけて鮪の大々漁がつづき、各村々で万本祝いをした記録がある。郷土近海から津軽海峡、下北、三陸にかけて大鮪の大回遊がつづいていたことを示している。
 鰮は網数が減少しているが、そのほかは鮭も鱒も鰊も各漁種とも建網の数が倍増している。日露戦後の日本国民の産業発展の気運が、沿岸の漁業にも少しは反映していたのかもしれない。
 天保から弘化と回遊したが、その漁獲法をしらなかったといわれる鰤などは、嘉永七年の書上にはその漁獲高が記されているが、明治四〇年には漁種の項にあって建網には数字として載っていない。
茅部郡各種漁業

茅部郡各種漁業実際漁期調 資料 北海道立図書館所蔵 河野常吉「茅部郡」(明治三九年)


茅部郡各種漁業漁船漁夫数


三八年茅部郡各種漁業就業者調


三九年


四〇年

 河野常吉が明治四〇年ごろ、現地で取材した野帳ともいえる「茅部郡漁業稿」(仮称)の茅部郡漁業実際漁期調をみると、漁期そのものには昭和期と余り大きな変わりはないが、漁種の変化は目だつ。
 明治三八、三九、四〇年の三か年にわたる漁種別就業者調に一層顕著である。
 尾札部臼尻村七字(現在の南茅部町の区域)の計は次のとおりである。
 
   種  別 明治三八年 明治三九年 明治四〇年
  鮪 建 網   八か統   九か統  一六か統
  鮭 建 網  一一か統  一〇か統  一五か統
  鱒 建 網   六か統   六か統  一〇か統
  鰮 建 網   二か統   二か統  一五か統
  鰮曳網 大   五か統   五か統   四か統
      中   一か統   一か統   三か統
      小  一二か統  一二か統   六か統
   尻戸廻網  一八か統  一七か統  一三か統
  鰮 等 外   二か統   四か統
  鰊 建 網   七か統   七か統  一五か統
  昆   布   八一〇艘  七四八艘  八一四艘
  鱈   鮊   三三四艘  四一八艘  三一九艘
  章魚(たこ)  二六六艘  二六〇艘  二四一艘
  柔魚(いか)  四九二艘  四九八艘
  海鼠(なまこ)  二〇艘   一五艘   一六艘
  鰈雑手繰                 一二艘
  鰈   釣          一三艘   一一艘
  鰤               一艘    一艘
  長   束           二艘