函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第一章 郷土の漁業

第三節 定置漁業

漁場の沿革

 (1)漁業制度のはじめ
 明治二年八月、稟議「開拓処分方第一四か条」に「場所請負人廃止候事」(公文鈔録)と決し、同年九月二八日、場所請負制の廃止が布達(布令録)され、全道五三か場所これを支配していた場所請負人二八名の手から漁民の直納という海産税・物産税に改められた。
 明治三年一月、当分の間漁猟税五分の一、現品徴収とする布達があり、一律二割は旧幕時代の二八役と同じ税率を引き継いだ。
 蝦夷地の漁業慣行と実情に即さないこの徴税方法に、漁民の不満が増大して、結局、四月には「此度御慈悲ノ御詮議ヲ以テ、従前ノ通諸税取立」(布令類聚)という正に朝令暮改をおこなわざるをえなかった。
 明治六年、政府は地租の改正を実施した。
 漁業、漁場についても新時代は急速に進歩していった。
 明治一〇年、政府は全国に地券の制度を設けて、土地の私有制度をすすめた。開拓使はこの制度に準拠して明治一四年、海面の割渡しを実施した。漁場利用について実態においては、旧来を踏襲したとはいえ、新しい時代に即応する近代化制度の原点ともなるものである。
 
 (2)漁業図絵の鮪立網
 明治一二年、開拓使函館支庁が調査して作成した北海道漁業図絵に、尾札部村「鮪立網」の図絵がある。
 「袋惣長六拾間或ハ百間」とある。当時の鮪網の全長は、六〇間(一〇八メートル)から一〇〇間(一八〇メートル)の大きさであったと記している。
 「袖網百間或ハ八百間」いわゆる垣網(手網)は一〇〇間(一八〇メートル)のものから八〇〇間(一、四四〇メートル)に及ぶ大きいものもあった。
 袋(網)の目は半分を一尺目、半分は三寸目としている。

宮古湾漁業史


「北海道漁業図絵」鮪立網 尾札部


「北海道漁業図絵」鮪立網 尾札部

 幕末に北海道で試作されて、明治の一〇年代までの鮪立網は、宮古湾漁業史の網方と相似たものであったことをこの図絵は証明している。
 臼尻村・尾札部村から噴火湾にかけてこの鮪網が伝えられ、改良されていった。
 すべて藁(わら)の実子繩(みごなわ)10本撚りで手造りされた。ニシン網のように袋網は繋着しないとも特記されている。
 大海に大網を固定させる土俵の代わりに、平たい籠に小石を数十個入れて重り石とした。
 小マグロは少なく大マグロの大群が回遊した。三〇尾、五〇尾の漁は並漁で、五〇〇尾、七〇〇尾も稀ではなかった。

[鮪立網]

 漁業図絵と同年代である明治一四年二月と記された臼尻村・熊村の海面割渡図がある。
 臼尻村、熊村で割渡をうけた海面は一六か統であった。それぞれ漁場主の名前が書きとめられている。
            鮪網  鮭網  鰊網
  熊村支トコロ        二   四
     望 路    一統       一
     黒羽尻    一
     ケカチ浜        一
     磯  谷        一
     ヒロトマリ       一
     歌  浜        一
     金兵衛岬   一
  臼尻村二艘澗    一    一
    計・一六統   四統  七統  五統

明治一四年二月茅部郡熊村及同郡臼尻村字二艘澗合併 海面割渡図
真形千五百分之壱 曲尺四分ヲ以テ拾間トス 測量製図

 
 (3)漁場実測図
 北海道開発調査部経済調査室図書室に所蔵されている、茅部郡漁場実測図分類番号六六一二「四」五三~七五は、明治二一年六月に調査した「曲尺二分四厘ヲ以テ拾間トス」水産課雇・野本祐重らによって実測作図されたものである。この実測にしたがって認められた漁業権は、同室が所蔵している明治二四年から三九年とする全道の「免許漁業原簿」に引き継がれ、戦後の漁業制度改革まで北海道の定置漁業権の基本台帳となったものである。
 この免許漁業原簿は、茅部郡一六分冊ある。
 
茅部郡漁場実測図より
イ 各村魚種別漁場数(明治二一年)
      
落部村野田追川・川向・落部川・モノタイ・
ヲリト野・サキ・沢中・滝ノ下・茂
無部川
一九
19

19

2

落部川 一 
50 二八
川曳一
石倉村ポンナイ・岩ノ下・元石倉・与右エ
門川・東風・地蔵川尻・メタ町・
稲荷下
二六     三六
蛯谷村蛯谷棒美・湯ノ崎一二 一七
鷲ノ木村四軒町会所中ノ町
石川原・内澗・島崎
一〇
48

7

3

9
  
8
  二二
75
森村   一五
尾白内村 
18

0

2

6
  
6
  一七
32
掛澗村   一四
砂原砂崎・沼尻
トヽメキ川村界
    一二
鹿部村階子坂・穴澗・デキマノ岬・モリミ岬141272  26
 森見浜・シカベ川・折戸川・高森・
常呂滝
一一  一七
中の川・ボーロ・クロワシリ崎・ケ
カチ浜・磯谷川・小舟川
0
1
4
11
  1
  17
一三
臼尻二艘澗・浜中・ケンニチ・カキノシマ川  一五
 板木・精進川(板木)(三)
4
(一)
4
(二)
8
(二)
11
(0)
1
  (八)
28
川汲村界・川汲川・ツキアゲ川    一二
尾札部尾札部川・ヤキノ川・クロワシリ・
一本木岬・島歌岬
  一三
木直ヲンネキナウシ川
15

7

4

6
    
32
(南茅部臼尻尾札部191112171   
郡総計   川一       
山越郡           
長万部郡界・長万部川・フラクベツ・紋別
川・ワルイ川・訓縫川・幌内川・ポ
ロナイ・フラヌベツ
二曳    
国縫川   
長万部川 
 


   
一一
八雲村村界黒岩・シラリカワ・ポンシラリ
カワ・山崎川・プイタウシ(ナイ)遊楽
部川・ハシヌシベツ川・山越内・村界
  三
       
遊楽部川


   
一〇
山越内村コタン川・ラクツナイ川・湯ノ下・
ブユンベツ川・無巳部・沼尻・トン
ジノ岬・野田生・野田追川・郡界
一六

18


1


3
四     
野田追
9      
 

12


5
二六
    
二七
郡総計 一八一三
     
川八
17  四八

 
ロ 郷土の漁場一覧(茅部郡漁場実測図より作成)
               沖出間数 方位
村字望路   鮪第九号   五二九 寅61°30′
         鮭第二五号       〃
   ケカチ浜  鮭二六    三三〇 丑寅42°25′
磯  谷     鮭二七    二三九 寅卯75°
ビロ      鮭二八    三〇〇 卯83°
         鮪一〇    五一八  〃
         鰮第九号甲       〃
熊       鮭二九    三〇〇 寅57°30′
         鮪一一    五五六  〃
         鮭三〇    三九九 卯82°30′
         鰊第三三号  二〇〇  〃
   金兵衛岬  鰮曳九二       寅67°10′
         鮪一二        寅67°10′
臼尻村小舟川東  鮭三一    二〇〇 寅66°
   二艘澗   鰮曳一〇甲  二〇六 寅66°
   浜 中   鮭三二    四〇〇 寅66°50′
   弁天島   鮪一三    四〇〇 亥334°30′
         鮭三三    四〇〇 戌亥317°30′
         鱒第一四号  四〇〇 戌299°
  カキノシマ川 鮪一四    六〇〇 寅74°
    (鳴岩)
   板 木   鮭三四    二一四 寅卯73°
         鰊三四    一九九 寅56°10′
         鰊三五    二二三 寅54°25′
         鰊三六    一九九 寅57°10′
   精進川   鮪一五    七八九 丑寅45°
         鮪一六    七六八 丑寅52°30′
         鮭三五    三五四 寅59°30′
         鰮一〇乙
明治二一年(茅部郡漁場実測図より)
               沖出間数 方位
尾札部村 川汲
     精進川 鰮一一甲
         鰊三七    二六三 寅57°30′
         鮭三六    四〇〇 寅52°30′
   川汲川   鰊三八    二三一 丑寅48°
   川 汲   鰊三九    二四五 丑37°
         鰮一一乙
         鮭三七    四〇四 丑寅45°
         鰊四〇    二二三 丑34°30′
         鮪一七    八二七 寅51°30′
         鰊四一    二一九 丑32°
  ツキアケ川寄 鮭三八    四三三 丑寅48°10′
         鰮一二甲
  尾札部
 著保内川東   鮪一八    七五〇 53°30′
         鮭三八    三六一 丑寅44°30′
 尾札部川    鮪一九    七二三 寅51°10′
 八木川西    鰮引網第一号 二〇九 子丑17°
 〃  東
 クロワシリ岬  〃      三四三 丑26°10′
 クロワシリ岬  鮭四〇    二七五 丑26°10′
 一本木岬    鰊四二    二一二 丑28°20′
         鰊四三    一七四 丑25°
         鰊四四    一六六 子丑18°
         鰊四五    一七五 丑25°
 島 歌     鮭四七    二五〇 寅53°
         鮪二〇    三四三 〃
 島歌岬     鰊四六    一四三 丑22°26′
         鰊四七    一七六 寅65°
尾札部村字木直
   ポン木直  鰊四六    一四三 丑22°26′
         鰊四七    一七六 寅65°
   木 直   鰮曳一三甲
         鰊四八    一五〇 丑寅49°
         鰊四九    一七〇 丑36°30′
         鰊五〇    一一九 丑32°
         鰊五一    一四二 子5°18′
 (大梶・立岩) 鰮一三乙    〃  〃

明治二一年「漁場実測図 茅部郡」に拠る写 臼尻村 尾札部村 漁場図(北海道開発調査部所蔵)


明治二一年「漁場実測図 茅部郡」に拠る写 臼尻村 尾札部村 漁場図(北海道開発調査部所蔵)


明治二一年「漁場実測図 茅部郡」に拠る写 臼尻村 尾札部村 漁場図(北海道開発調査部所蔵)


明治二一年「漁場実測図 茅部郡」に拠る写 臼尻村 尾札部村 漁場図(北海道開発調査部所蔵)

 
資料
明治五~九年 明治二一年 郷土の建網の統数
        鰮網   鮪網   鮭網   鱒網   鰊網   計
      明治五~九
       (明治21)
(大船) 〇(二) 一(四) 四(六) 〇(〇) 〇(一) 五(一三)
臼   尻  四(一) 一(二) 三(三) 一(一) 〇(〇) 九(七)
板木(安浦) 一(一) 一(二) 一(二) 〇(〇) 〇(三) 三(八)
川   汲  二(三) 一(一) 二(三) 〇(〇) 〇(五) 五(一二)
尾 札 部  五(二) 二(三) 二(三) 〇(〇) 〇(五) 九(一三)
木   直  二(二) 〇(〇) 一(〇) 〇(〇) 〇(〇) 三(七)
               明治五~九年 漁場取獲調(北海道所蔵)
               明治二一年  漁場実測図(北海道開発部調査部経済調査室図書室)
 
 (4)〓蛯谷漁場の建網
 安浦の〓蛯谷家に所蔵される、三代目金太郎(嘉永三生・一八五〇)の漁業資料がある。

[建網図]


[建網図]


[建網図]


[建網図]


[建網図]


[建網図]


[建網図]


[建網図]


[建網図]


[建網図]


[建網図]


[建網図]

 蛯谷家は安浦の旧家で、江戸末期、初代文四郎が板木(安浦)に来住し、代々鮪・鮭鱒の建網を二、三か統経営して沿岸漁業に指導的な役割を果たしてきた。
 五反歩の畑を耕作し、二、三〇頭の牛を飼育、一町歩の秣草場をもっていた。
 三代目の当主金太郎は、偉丈夫で進取の気慨に富む漁業家であった。「蛯谷雑書調簿」に金太郎が手控えた片口網・中抜き網・目がね網・改良落網など明治一八年以来の網型、設計図五七図、そのいくつかに、一月一日と記されている。一年の計を元旦に画いた漁師の初夢を今に伝えている。
 また、網地の斜断法(さしわのきりかた)・縮結(いせ)の方法の早見(九九)など、丹念に書き込まれていて建網漁業には貴重な資料である。「必須之書類控綴」には、明治の漁家の貴重な記録が詰まっている。建網の特殊な用語をカタカナ、ひらがな、変体仮名、漢字、略字、異体字、当て字、誤字まじり、鉛筆で書いたノートは、読解に難があり絵解同様である。
 金太郎の長男金作(明治三六生)は戦時中、臼尻村漁業協同組合長となり、戦後臼尻村議会議長として町村合併を推進し、南茅部町議会初代副議長をつとめた。
 二男金五郎もまた安浦漁業協同組合創立以来、二〇余年間、組合長をつとめ道漁連の役員を永く勤めた。
                 (資料提供 蛯谷正勝/協力 佐々木 一)

蛯谷 金太郎


〓蛯谷家


[図]


[図]

明治廿一年第五月廿六日多デ(建) 〓
          〃十七・〓タテ
明治廿九年第五月廿二日
定(丈) 量 方  大川 二郎
郡 書 記     大橋
臼 尻 戸 長   篠田  順
尾札部正頭取    小原 多治郎 〓
川汲ゟ立合人
副 頭 取     小板 八太郎 〓
共 同 惣 代   杉林 梅吉 〓
村 惣 代     松永 藤次郎 〓
板木立合人
正 副 頭 取 兼 蛯谷 直吉〓
村 惣 代 兼   加賀谷 和市 〓
右之通相違無之候也
標木立ヶ所 ハ加賀谷和市 竹田 栄太郎
海産干場

[図]


[図]


[図]

 九三割分壱間ニ付弐尺一寸四二
右ハ何尺テモ目ノ合ノ尺ハ七ヲタスコト三寸ゟ
壱尺目ノ合七寸四十目ニス(シ)テ五間三尺六寸ゟ
弐尺ハ三割壱尺四寸弐十目ニス(シ)テ五間三尺九寸ゟ
三尺ハ 弐尺一寸十五目ニス(シ)テ五間三尺一尺二寸ゟ
四尺ハ 弐尺八寸十目ニス(シ)テ五間三寸一尺五寸ゟ
五尺ハ 三尺五寸十目ニス(シ)テ七間一尺八寸ゟ
六尺ハ 四尺弐寸十目テ 八間弐尺二尺一寸ゟ
七尺ハ 四尺九寸十目テ 九間一尺
八尺ハ 五尺六寸十 五丈六尺
目二スめ(目二寸目)ノ合三分ハ五寸 弐十ふス(節)
正目四分ノ目合五寸あ巳い(あわい)十九ふス
同 五分仝  五寸仝一 十八ふス
十八六分仝  五寸仝  十七ふス
十八七分仝  五寸仝  十六ふス
十四八分仝  五寸仝  十三ふス
十四九分仝  五寸仝  十弐ふス
十ふス壱寸仝 五寸仝  十 ふス
 六尺サ(に)弐尺五寸六分
 六丈サ(に)弐丈五尺七寸
 六丈サ(に)弐丈四尺  六尺弐尺四寸
小目網(こまめあみ)正図 四割壱間ニ付
   め三割一間ニ付弐尺
     弐尺一寸四分二厘
目ノ合
四分五分ふ十八口網
壱分目ノ合 七里 百目ニステ(にして)七寸
弐分目ノ合 四里 壱尺四寸
目ニス網
三分目ノ合弐分壱里弐尺壱寸
正目ハ
四分ハ  弐分ハ里二尺八寸
正目ハ
五分同  三分五里三尺五寸
六分ハ  四分弐里四尺弐寸
十四目
七分ハ  四分九里四尺九寸
十四
八分ハ  五分六里五尺六寸
十ふス(節)(ふし)
九分ハ  六分三里六尺三寸
十ふす(節)
壱寸同  七分  七尺
五十目分
壱分目ノ合七分 三尺五寸
二寸ハ 壱寸四分 七尺
三寸ハ 弐寸一分 壱丈□五寸
四寸ハ 弐寸八分 壱丈四尺
五寸ハ 三寸五分 三間弐尺五寸
六寸ハ 四寸弐分 四間弐尺五
七寸ハ 四寸九分 四間四尺五
八寸ハ 五寸六分 五間三尺 寸
九寸ハ 六寸三分 六間一尺五寸
壱尺ハ 七寸   五十目 七間
内三割   七ヲ加ケレ□(ば) 十間 七間也
間スサ(数ニ) 九間 七ヲカケ(○○) 六間三尺
五ヲガケルふ丈ト也
      八間      五間三尺
 (△)エ(△△)ニガ七 七間網   四間四尺五寸
(△)十間   六間網    四間壱尺
 (△△)七(△)ヲ加ケ 五間網   三間二尺五寸
  丈ヲ五  七丈巳 五丈ニセ
   五テ割ハ間ト也
       六丈五尺網 九間一尺五寸五□
五加五
  二十リ 六丈網    八間弐尺八寸五分
△五丈
       五丈五尺□ 七間四尺弐寸□□
△△△七丈
       五丈網   七間壱(○)尺六寸壱□
△△△四間
△十間
 十四間ヲ割  四丈五尺□   六間弐尺二寸□
正ト四割
四丈五尺サ  一寸二分 七ヲ加ケレバ内三割ト也
七ヲカケレむ
三丈壱尺五寸也
       五丈 七ヲ加ケレバ三丈五尺也
△一丈    四丈五尺 三丈壱尺五寸 六間一尺五
△△△三丈   四丈   二丈八尺□  五間三尺
△五尺    三丈五  二丈四尺五□ 四間四尺五
△△△△四丈
       三丈   二丈壱尺□  四間壱尺
  △
 (△△)七ヲ加ケ
       二丈五尺 壱丈七尺五寸 三間二尺五
五丈己
三丈五尺   二丈   壱丈四尺   二間四尺
五丈ヲ    壱丈五尺 壱丈一尺   二間□五寸
五七三十五
  ガケル  壱丈     七尺   壱間二尺也

△△△    五尺 三尺五寸○四尺五□ 三尺寸五
     四尺己 二尺八寸也○三尺(五)己 二尺四寸五也
△△△
 七ヲガケ
十四間 割 可間 候也トヤ
         ――トセ
鰯網十四間 十間ト也
十三間網  九間二尺八寸五分
十二間網  八間五尺七寸壱分
十一間同  七間八尺五寸七分一
十間    七間壱尺四寸二分
九間 仝  六間四尺二寸二分
八間網   五間二也
六間網   四間二尺八寸五分
五間 仝  三間五尺七寸壱分
      一間仝四尺二寸八分
四間網   二間七尺八寸五分
      二間網一間四尺二寸八分
三間 仝  二間壱尺四寸二分