函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第一章 郷土の漁業

第二節 鱈つり漁業

慶祥丸漂流

 復領ののち松前藩は、六箇場所に鱈請負の制を設けた。天保初年、国領平七がこれを請負い、のちに升屋定右衛門が請負った。 安政三年(一八五六)、箱館奉行が設置されるとともに鱈請負の制は廃止された。
 鱈漁業は、古くから冬の北海道を代表する漁業で、道南の東の突端の恵山漁場が最も重要な漁場であった。のち、日本海の天塩・祝津・岩内の三漁場が大いに開発され、明治の中頃からは釧路・日高の漁場も急速に発達していった。
 
   【資料】
   松前産物大概鑑  文化四年丁卯(一八〇七) 弘化二年頃加筆
          〓阿部屋六代 村山伝兵御                   (「松前町史三」)
 
     鱈(タラ)之部
  一  干(ヒ) 鱈 壱束 廿本結直段 壱貫匁ニ付銭四百文位
   棒 鱈         次ハ 武百五十文位
          但目形弐貫四百匁位ハ西地出
            同 壱貫三百匁位ハ東地出
  是ハ鱈三枚ニ直し頭骨を除キ両身下アゴニ而繋ぎ、干上ケ弐本ニ而壱掛ケト唱へ、是を廿疋結立、数四十本壱束ト申候、惣名棒鱈とも唱へ申候
一、新(シン) 鱈  直段 砂金壱両 此銭四貫三百廿文付ニ 三拾本位
  是ハ塩切鱈ニ御座候、壱束ト唱へ候者廿本ニ而、百石目者四百束の積リ、此数八十本ニ御座候
一、鱈〆粕  直段 砂金拾匁 此銭六貫文ニ付 目形五拾七貫匁位
一、鱈油 直段四斗入壱挺 砂金五匁倍 此銭三貫文